▼コロナ禍による2年7ヶ月の休映後<試行>と称して再開、5回5本の上映を試みましたが、このいささか長すぎた時間による様々な環境や情況の変化まで巻き戻すこと叶わず、2023年4/1~2、vol.68『水になった村』(大西暢夫監督)の上映をもって、東田シネマの活動を再び休映させて頂くことに致しました。

▼地域との有機的なつながりと、市民参加型の親和性を持った定例の上映会を目指し、‘14年10月、内容はもちろん、何より私たちの思いが端的に表現されたタイトル『こどもこそミライ』(筒井勝彦監督)をもってスタート。これまで68回、延べ1万人を超える皆様のご参加を数えるに至りました。

▼上映作品は、在日を含む国内の監督によるドキュメンタリー映画に限定、「ドキュメンタリー映画の面白さと、その豊かさを皆様と共に」、さらに「映画館の<闇>を地域の中へ」と、北方シネマ、上津役シネマ、ミクスタ.D.シネマと市内4カ所に展開。時にはゲリラ的に会場を加えることもありました。

▼この間、こうした私たちの活動へのご理解と多岐に亘る温かいご支持ご支援、何よりご参加頂いた多くの皆様には、衷心より御礼を申し上げます。長期間にわたりどうもありがとうございました。

▼今後、ささやかな<試行>に興じながらの、或いは新たな展開へのウォーミングアップよろしく、何らかの機会を設けることもあるかと思います。否、設けたいと思っています。その際には改めてお知らせ致します。引き続きどうぞよろしくお願い致します。なお末筆ながら、皆様のますますのご健勝とご発展を衷心よりお祈り申し上げます。

2023年5月吉日 東田シネマ運営委員会 世話人/増永研一




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映画の感想! vol.63 『 作兵衛さんと日本を掘る 』

2020年02月14日(金)、15日(土)に第63回の東田シネマ上映会が実施されました。枝光本町商店街アイアンシアターを会場とした初めての会でした。この会場には面白さと可能性を感じます。関係者の皆様、ありがとうございました。

一方で、ご参加の皆様には、環境ミュージアムではない会場、2日間開催と日頃と違うことが多く、不便を感じることもあったかと思います。お集まりいただいた皆様に感謝します。また、運営や情報拡散にご協力いただいている皆様にも同様であったと思います。いつもありがとうございます。

ここにアンケートに記載された皆様の声を掲載いたします。 

*回答原文記載
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映画の感想! vol.62 『 がんと生きる 言葉の処方箋 』

2020年01月24日(金)、25日(土)、26日(日)に開催された第62回の東田シネマ上映会にお集まりいただいた皆様、ありがとうございました。また、運営や情報拡散にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。ここにアンケートに記載された皆様の声を掲載いたします。 

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映画の感想! vol.61 『 YUKIGUNI ゆきぐに 』

2019年12月20日(金)、21日(土)、22日(日)に開催された第61回の東田シネマ上映会にお集まりいただいた皆様、ありがとうございました。また、運営や情報拡散にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。ここにアンケートに記載された皆様の声を掲載いたします。 

*回答原文記載
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映画の感想! vol.60 『 百年の蔵 』

2019年11月22日(金)、23日(土)、24日(日)に開催された第60回の東田シネマ上映会にお集まりいただいた皆様、ありがとうございました。また、運営や情報拡散にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。ここにアンケートに記載された皆様の声を掲載いたします。 

*回答原文記載
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20191025日(金)、26日(土)、27日(日)に開催された第59回の東田シネマ上映会にお集まりいただいた皆様、ありがとうございました。また、運営や情報拡散にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。ここにアンケートに記載された皆様の声を掲載いたします。



18歳~39歳




千葉に住んでいた2011に東日本大震災の地震を経験し、テレビで流れた原発の映像がとてもこわかった覚えがあります。同年に初めて子どもを出産し、関東も離れ、子育てにおわれて原発のことを考える余裕がありませんでした。自分にも何か少しずつできるかな?まず映画を観てみよう!と思いました。とても興味深い内容でした。もっと多くの人に観てもらえるよう願います!!ありがとうございました。



もっと真剣に自分ができることを考えなければならないと思った。



40歳~59歳




環境問題に対して、できることからはじめていく必要性を感じました。



原発ゼロにする取組みを含め、様々な大事なことよりも経済を優先するわが国をうれうだけでなく、一人一人ができる事を実践し、声を上げていかないといけないと思った。



いままでもチラシは気になりながらも初めて来ました。子ども達、いまから生まれてくる子ども達に、何ができるのか?考えて生活していきたい。



私に出来る小さなことから、まず一歩ふみ出してみます。



ドイツでは、市民活動に対する考えが一般的(みんなが普通に感じている)だと思いました。自分の周囲では、政治や環境問題などの話をすると、「この人何かあぶない人かも…」みたいな反応をされることが多いです。自分に何ができるのか…、積極的にはまだ…という気持ちですが、まずは知ることからと、思っています。あとは、ドン引きされても、ちょっぴり、このような話題も周囲にしてみようと思います。どの映画も、これまで気付かなかった事に気付かせていただきました。最近、報道(マスメディア)の自由について、心配な気がしています。正しい情報を手にするには、どうするとよいのかなど、気付ける作品があれば、ぜひお願いします。



よかったけど、少しものたりなかった。



私が現在知りたいと思っていたことをほぼ全て教えてもらいました。ありがとうございます。一般の映画館で何とか上映して頂きたいです。少しでもドイツに追い付きたいです。北九州市もエコに力を入れている(はず)と思うので、行政関係の方にも宣伝して(市長さんにも!⇒北方シネマに招待してみてほしいです)ぜひ見ていただきたいです。



この国の政治も動かなければなりません。震災と向き合い、明日に向かうドイツ市民のパワーに元気をもらいました。



ドイツ市民が、戦後の深い反省から自分たちの生活や政治を人任せにせず、考え行動している姿はすばらしいと思います。しかし、わたしは今、再生可能エネルギーの問題点についても学んでいます。太陽光発電、風力発電は本当に夢のエネルギーなのでしょうか。ドイツの方々がこの問題点をどのようにとらえ、どう解決していくつもりなのか、そちらも気になりますし、わたしたちも考えなければならないことです。



ドイツと日本の根本的な国の歴史と原発のニンシキのチガイを考えさせられた。



坂田雅子監督の仕事は、いつも誠実で信頼感がある。原発をなくすために、私に何が出来るのかを考えるきっかけになる映画だった。



ここに衣類リサイクルを出しに来て知った。



環境問題を取り巻くドイツの政治、市民社会など多様な視点が散りばめられ、とてもわかりやすく、いつものドキュメンタリーと違い現状の自分達の問題として深く結びついている点がとても良かったです。



自分も疑問に思っていた、“なぜドイツでは脱原発に切りかえられたのか?2011の発表以降、現在本当に脱原発に向かえているのか?”についてドキュメンタリーで観られて、とても良かった。ドイツでも、本来の民主主義で政治が動くまでに時間がかかったという点と、それでも今はできている事が、今の日本では難しそうでもあきらめずに、自分が出来ることをしていきたいという思いを、忘れない力にできそうです。



60歳以上




大いに参考になりました。ありがとうございました。



ドイツの一般の人々の意識の高さに感心、特に若者。日本との違いを感じます。自分の問題として、変えていく努力が不足。諦めが早いのかしら。仲間との会話が大切と思います。ドイツ語の勉強にもなりました。



緑の党などの市民の自分の考えで、誰か守ってくれるのではない。自分の足で立つ息長い運動があったからこそ、メルケル首相は原発の廃止の決断、することが出来たのだと思いました。日本の今、立地している市町村でも反対運動が行われなかったところはない。でも、結実することなく原発事故を迎えた。関西電力に象徴される腐敗、はあの一社だけではないと思います。



大変勉強になりました。同じ敗戦国でありながら民主主義の徹底の仕方が違う。問題解決を政治まかせにする日本は、もっと反省すべきと思った。映画ではRE100%可能との発言があったが、REの不安定さは何で補うのか、その説明が是非聞きたかった。



環境問題をもっと深く考えてみなければなりません。我々に出来ることからコツコツとやっていかねばなりません。



原発に関する無関心を反省した。過去の歴史に学んでいるドイツ人と日本人の違いに、はずかしい気持ちがいっぱいである。



日本とドイツの国民の違いが何だろうか。そこがどうしてもわからない。かつてヒトラーに熱狂した人々が、今は環境運動の先頭にいる。このギャップがわからない。でも今は、若い人たちの声に励まされる。「今の政治は経済ばかり、環境問題は後ろに追いやられている」全くその通り。取り返しのつかない時になる前に何か手を打たなくては。私はとりあえず、車に乗ることをできるだけ控えようと思う。10㎞を自転車でいけばガソリン1リットルほどを使わないで済む。



経済的問題として原発の存在を、告発的、政策的両面から強く具体的に指摘し、原発ゼロを実現しなければならない。それらの前提として3.11事故をその後の状況、被害にあった人達の声などをもっと明らかにしていかなければならないと思った。



日本でも脱原発の運動を、もっと若い人たちを巻き込んで進める必要があると感じた。政府にもっと脱原発をさせなくてはいけないと思う。



大変感動した。政府に代わって更に外国の例を発表してほしい。デンマーク、スウェーデン、オランダ等の実例や、その他も希望する。福島原子力災害の見えざる(かくされた)現場も事実が知りたい。今回初めて朝日新聞で知ったが、以降も新聞で開催を知らせてほしい。



放射性廃棄物が大きな問題ですね。処理の仕方が確定していないものを造ってはいけないですね。未来でできるだろうなんておかしな事です。自然災害の激しい昨今、エネルギー問題は重要課題です。



福島原発事故が起こった事で、世界の国々で大きな選択を考えさせるきっかけになったことを知った。ドイツは脱原発を選び、日本は未だに変わらないのは何故だろう。民主主義の根元が日本人にはまだまだ育っていないのか…沖縄の運動が重なって感じられた。



ドイツの自然エネルギー転化はもっとドラスティックに行われていたものと思っていたが、一つ一つの積み重ねしか今の状況を達成し得ないのだなと再認識した。ひるがえって我が国の現状を考えると、なお道は遠い。一朝一夕に成せるものではないのは理解しているからこそ、一つ一つの積み重ね既成事実化を伴う政策の実現が急務だと思った。残された時間はあまりない。



同じ敗戦国のドイツと日本は戦後教育も大きく異なった為に、若い世代の平和に対する意識にも大きな違いがみられます。そんな中、日本で原発事故が起こり、現在の対応の違いも大変皮肉です。しかし、小さな動き、活動はたえまなく続いており、今回の映画はとても大切でした。SDGsが叫ばれる中、多くの人々に観てもらいたいと思います。



日本人の大多数は事勿れ主義。良いと解っていても一歩踏み出す勇気が無い。



学校での歴史教育(反省)が、日本は不足していることを痛感します。民主主義とは国民主権とはなんぞや。考えさせられることばかりです。



福島を原因でドイツが原発0に舵を切ったのに、この日本の現在は?これからの未来の為に本気で考える必要がある。



映画を見ながら考えたことは、ドイツにできて日本で実現しなかった理由です。私は61才で1977年に大学に入学しています。学生運動の残り火がわずかにあったころでした。原発反対の情報はもっと早くから1968年ごろ耳にしていました。日常の生活が堅実で無駄を廃した中で行われるドイツと、消費文化におどらされた生活を行っている日本の違いか。自分の意志を表出する事を大切にする教育の問題か。時系列で見ると、ドイツと日本は並行も可能だったのにできなかった理由、そして、今後少しでも環境を生かし自然に負荷をかけない生活を自らが実践する意志の重要性を思わされました。



本日、原子力の日ということで、九電小倉の前で反原発のビラ配りをしてきた。関電の貢ぎ金問題でビラの受け取りはいつもよりあったけど、3.11フクシマの後は結構受け取る人が多く、時間の経過と共に関心は薄れていくと実感。同じ敗戦国なのに戦争責任に対する考え方、処理はドイツと日本では相当異なる。映画の中で、自分で考えて行動する、という姿勢が根本的に違うなとつくづくと思った。フクシマではデブリの場所さえまだ不明なのに、廃炉にしても、高放射能の管理、何百年の単位なのに…!!



いつも良い作品をありがとうございます。この“モルゲン、明日”は、多くの方たちに観てほしいと強く思います。「脱原発」の市民運動の広がりを作っていかなければなりませんね。自然エネルギーにしてゆきましょう!



現在のドイツの環境がわかりやすくつくられている。過去の市民運動にもさかのぼって伝えてあり、自分たちが今、どうすればよいか?の参考になった。



敗戦からのスタート(?)はドイツも日本も(ほぼ)同じだった筈なのに、現状の落差に落ち込みそうです。国民性と言ってしまえばミもフタもないけれど、自分で考え、責任を持つというシンプルなことがどうして浸透しないのか。当事国でありながらいまだ原発にしがみつくこの国は、世界の笑いものだとつくづく思います。自分にできることは少しずつ、超微々たることから始めていますが…。



だれも、原発事故に積極的に責任を取らない日本!原発はヤメロ!



ドイツ語の字幕が、もう少しくわしいとよいなと感じました。



今の日本の多くの人たちに見てほしい映画ですね。見て考えて行動していきたいものです。



ヒットラーの独裁政権に熱狂した国民。その反動で国民は政治に関わらないようにした。「民主主義の終わり」・「先の戦争のあやまりの認識」を受け入れる。歴史から学んだドイツ国民。日本国民はどうだろうか?1968年に学生運動、1975年原発建設反対運動が起こる。ヴィール原発建設予定地には「私達はNoと言った」という石碑が建っている。年配の主婦の農民、学生、牧師、労働者たちというあらゆる種類の層の人達が連帯して、決定をしりぞけた。市民運動の勝利であった。そして、脱原発、自然エネルギーへの転換が考えられるようになる。チェルノブイリ・福島の原発事故は、ドイツ国民に強い衝撃を与える。50年の市民運動が2000年再生エネルギー法の可決で飛躍的に進んだ。人々は、風力発電、太陽光発電などの自然エネルギーの明日(未来)を信じて、実行しているのですね。こんな脱原発が日本で可能なのだろうか?広範囲の人達の、市民一人ひとりが、自分事として考え、小さな積み重ねが必要である。



多くの人に見てもらいたい内容でした。“今の人が行ったことは今の人が解決する”という言葉が印象に残りました。是非たくさん人にみてもらいたい。



よかった



日本では、太陽光のために山を削り、風力のために海の景色を台無しにしている。私は火山国の日本では、地熱発電だと思う。ただ地下の温水をくみ上げた後で、冷えた水を圧力をかけて地中に戻す。含まれているヒ素を除去する技術も開発された(九州工業大学)。家の中の空調は、電力にしないまま地中と室内を循環するだけで可能である…と思う。日本ではドイツと違って軍事的・思想的にアメリカの植民地となっている現状ではなかなかむずかしい。



ドイツの環境運動の歴史と取り組みがわかった。久しぶりにドイツ語がきけてよかった。私は予告編が好きではないので、最初の10分がつらかった。morgenを見に来たのに…というきもち。



全ての作品が勉強になっている。



こんなに静かな映画は見たことがない。良かったですよ。メルケルみたいな保守、保守でもこんな常識的な強い意志をもった政治家が登場してくるような日本を創っていかねば。緑の党の堂々たる姿…こんな革新を作っていかねばならない。



ドイツの首相が脱原発を発表したときの疑問が解けました。市民運動はすごい力です。



今回の作品は、先日国連で16才の少女が温暖化の問題点について演説したこともあり、タイムリーだった。…が、「タイムリー」という考え方そのものが問題で、本来、皆が考え続けなければならないものだからだ。特に気になったのが、ドイツでは1968年の学生運動の中心であった元学生達の多くが、それから多方面・多岐に広がった問題に対し、積極的に活動したのに対し、日本の学生運動を体験した世代が、どれ程さまざまな問題について活動しているのだろう、ということが疑問として残った。それがドイツの子ども達の問題意識の高さに比べて、日本の子ども達の低さにもつながっているのではなかろうか。環境は破壊されたら元に戻すことが不可能か、膨大な費用と労力が必要である。であれば、今一度、いや何度も振り返り行動する必要があると思う…日本では!!最後に、作品中印象的な言葉があった。ホテル経営者の方の「経済性よりも環境保護のほうが大切なのです」である。日本や中国、アメリカ等の大企業の経営者にも考えてもらいたいのだが…。今回もありがとうございました。スタッフの皆さん本当にご苦労様です。



訴え、メッセージはわかるのですが、もっとインパクトがほしい気がします。日常生活は個人として節電、節電を心がけています。



ドイツの人達の発想の転換の早さと行動力に敬服するばかりです。民主主義が根付いている。それと比べて日本はぬるま湯につかっている。重要なことがすべて先送り。メディアでは報道されないので、映画を作って下さったことに感謝です。



決断する力が、国民にも権力の側にも必要な時代になっていることを知らされた。



映画にあったザンクトオッテリアン修道院は、ベネディクト会の修道院であるが、そこに入会予定の日本人修道士に会った事がある(那須の修道院で)。日本人の姿は映像の中にはなかったが、名前が瀧さんで、瀧廉太郎の親戚の末裔だと聞いていたので、今でもよく覚えています。今もいると思います。



ドイツの歴史に学ぶ教育は、日本も過去の歴史から学んで欲しいと思います。自然エネルギーは、原発に変わるものとしていいと思いますが、今、山口でも太陽光パネルの建設でホタルの川が赤土で汚され、ダメになったり、洪水がおきた時のことなど問題はたくさんあると思います。山の緑が太陽光パネルに変わっていく姿も悲しく思います。色々考えることも多いです。16才の少女の発言に大人が耳を傾ける中、プーチン大統領が、「あの少女に正しいことを教えない大人がいけない」とか、、、子どもの感性に気付かされることもたくさんありますね。



字幕の映像で、追いかけるのが大変だった。内容的には話が多すぎて疲れたが、大切な内容であり、アピールすることが必要だと思う。核廃棄物の貯蔵施設の映像はショックだった。



脱原発、大きなテーマ。直接の被害を受けていないドイツで、行動に移されている事に深い感銘を受けました。日本も行動すべき時に来ている気がします。次の被害が出ないうちに。ありがとうございました。



電球をLEDに替えようと思いました。



寺や神社ではない動きは参考となり、又、ヒトラー時代の反動も納得です。原発は、広島長崎の実態を知らされていない真実はとても残念です。これが伝わっていれば、原発はありえない選択だったことが重ねて残念でなりません!



自然エネルギー普及は問題だ。電気使用量を減らすこと、エネルギー使用量は減らす事が第一ではないか。原発は必要ないが。



日本とのちがいがよく分かった。今度福島に行く機会があるので、原発事故被災地の現状をこの目で確かめて来たいと思う。「政治は経済のことばかりで環境の問題は置き去りにされてきた(?)」というような高校生の言葉があったが、まさに日本がそうだと思う。



ドイツの現状がすこし知れて参考になりました。日本に何が足りないかをもうすこし分析する必要を感じました。



市民からのボトムアップで行動することは大変なことで、えらいことだと思う。自分にはなかなか出来そうにないが、少しずつでもしないといけないと思う。



明日。何ができることがあるかなぁ?



独・政治力の強さ、行動力、又、国民一人一人の原発に対する意識の高さ、日本人が見習うべき点が、おおいにあると感じました。今更始まった事ではありませんが…



今回のシネマは、予告を見た時から是非見たいと思っていました。ドイツがどのように脱原発になっていったのか、なぜ日本はできないのか、一人一人の力は、とても強いものだと実感しました。



この映画は是非今後の私の企画に活用していきたい!!



何故日本に緑の党はできなかったのだろう!68年の学生運動から出来なかったのはなぜ?



原発に代わる自然エネルギー(太陽光、風力)も、問題があるという方もあって、何が正しいのかがわかりません。ただ、原発だけは絶対にダメですよね。



ドイツと日本の違いを、今更ながら考えさせられた。



映画のことではありませんが、先日愛媛松山市駅前で、僧衣を着た人が一人で原発を未来に残してはならないとうったえてました。誰も関心を示さず通り過ぎました。私はあいさつをして去りましたが、無関心と同じかも。それでこの映画をみようという気になりました。ちっとも反省しない日本!どうなるか心配です。もう気候変動始まっていて、たくさんの核のゴミが流れ出していて、気持ちが滅入るばかりです。



日本も、もっと自然エネルギーへの転換に力を入れる必要を強く思った。



ドイツの状況で知らなかった事が少しわかりました。核燃料処理方法を次代に残してはならない、という言葉が染みました。しかし、日本では、どうしたら原子力発電を止めさせることが出来るのかわかりません。自民党政権が推し進める電力会社主導の電力行政は堅固です。実際毎日の電力使用明細の中にも不明な項目があります。BGMがオペラの歌曲集で全てイタリア語です。シューベルト等のドイツの曲で良いのでは?



今の日より明日は明るい日になるだろうか。事実や道理の中に真の姿を見つけ出す、努力をすること、真実、真理は何なのかと。そしてそれをつかんだなら、変える、変え続けること。日本はフクシマにドイツの決断にもっと学ばなければ、明るい日=明日はない。いい映画をありがとう。いつも。



いずれにしても原発は、将来に向けて廃止です。必ず事故は起こります。代替エネルギーへの切り替えを一日も早く。



福島事故に学ぶドイツの人たちの賢明さに感動しました。私たちも、足元からできることをしながら、社会を変えていくために声をあげ続けなければならないと思います。



核廃棄物処理の困難性の共通だと思った。ドイツと日本の民主主義の歴史の違いが大きいと思う。



日本でも太陽光発電が進んでいると思うが、その出力調整などで、なんとか抑えようとする力が働いていると感じる。やはり政治の力で、原発などを廃止するようにしなければ、ダメだと思う。



日本とドイツ、同じようなことが起こっていたのに、2019年の今、どうしてこうも違っているのか。ドイツ人と日本人の違い?物事への対峙の仕方が異なるのか、そもそも人間としての「力」にちがいがあるのだろうか?1970年~90年の20年の間でのドイツ市民の力の強さをうらやましく思う。20年~30年で着実に明確な意識をもってかわっていける力が、どこから生まれるのか――、福島事故からもう8年以上がすぎているというのに、この日本の現実。自分なりに勿論意志をもってと思う。また昨年みた「おだやかな革命」の中にみた市民の動きも思い起して励みとしたい。ありがとうございました。



ドイツの原発廃止の様子を知ることができ、よかったです。メルケル首相が発案したぐらいにしか知りませんでした。ただ、市内に大きなパイプが通っている風景をみたことがありました。自分で出来ることから始めます。



「どういうものに知恵を使い、どこにお金を使うか」「自分で考えて行動し、世界に責任を持つ」「自分たちの国を他人任せにしない」「ビジョンと目標を持って進む」たくさんの言葉が励ましでした。1968年がどちらに向かうポイントになったか、彼我の違い、考えさせられました。



市民の意識のあまりの違い、これはまず教育が大きな要素でしょう。



1968年学生運動世代として、ドイツとの違いに愕然とした。一つは環境・エネルギー問題への関心の薄さがあったように思う。団塊世代が次の世代に引き継ぐべきことを真剣に考えたい。



とても良かったです。国民がもっとエネルギーに関心を持たないといけないと痛感しました。



ドイツは工業国であり、多量の電力を必要とする工場をたくさん所有している。これらを自然エネルギーでまかなうのは不可能に近い。ドイツには石炭で有名なルール地方があるが、地球温暖化問題から石炭火力に依存することがむつかしい。一説では不足分をフランスから電力を購入するという。原子力発電のリスクを隣国に押し付け、電力を購入、しかもその隣国の電力は原子力発電という。中米コスタリカは工業国ではないが、国全体の90数%のエネルギーを自然エネルギーで処理している。現地を見ておどろいたのは、家具製造会社が電力でなく水力で作業していた。工場の裏を流れる小川の水で水車をまわし、その動力はベルトで工場内に伝達され、板切り、削り、穴あけなどすべてが水力であった。“コスタリカの奇跡”?というドキュメンタリー映画があったと思います。放映してみて下さい。



日本人は何でおとなしいの、自分達の命が、町が、破壊されていくのを、だまってみているの…(私を含めて)。何とかしなければと思いながら、何からはじめれば、のもやもや感をたくさん残してくれた映画でした。



年齢未記入




ドイツでは歴史認識に力を入れて来たことが、この環境と人間を考える大きな力になったのだと思いました。日本政府●●●(読解不能)「歴史認識」に対する「責任」がとてもあいまいなままで、経済のみを中心にしていることで環境問題に対して無責任になっていると思う。



自然エネルギーにシフトすればハッピーと信じられた時期の映画だと思いました。自然エネルギーの問題が次々と出てくるのは日本だけの問題なのですかね?低周波問題、渡り鳥、台風のこととか、それとも自然エネルギーが増えないようにするためのプロパガンダ?



技術では対処できない原発を抱えた、ドイツの人々の努力はすばらしいと思います。日本と対象的です。今の生活は便利すぎ、昔を思えば生活を改善する余地がありそうです。技術が進歩して、廃棄物が安心して処理できる時が来る事を願います。



福島の原発事故を受けて、首相がすぐに脱原発の宣言を発言し、それを受け入れる議会、国民の勇気はすごい。それにはそれまでの地道な反原発の運動があり、未来を見据えて実践するドイツに学ぶことが大いにあると思いました。



自分に出来る事、戦後の日本の政治は戦前とまったくちがうと言いたいのですが、憲法が戦前の憲法とはまるきりちがうのに、日本人の意識はかわらなく、それをいい事にして政治は憲法を法律でギリギリにしばり上げ、今は憲法が私達主権者がつかえない。だんだんと主権者が無力感になれているドイツでは戦後しっかり戦争を見て、なぜだったかを自覚している。



原発のこわさがわかった。ドイツのとりくみはすばらしい。日本で福島をくりかえさないため、我々はどうすればよいか、考えさせられた。画面を見上げなければならないので、疲れた。



自然農業、養蜂、なんでもよろしいです。とても考えさせられる、良い映画でした。



よい映画をみせてもらいました。監督がすごく勉強して取材されていると思いました。私は大手電力会社のひどさを嘆くばかりですが、「市民が動かす」ことを少しでも、と思いました。



ドイツの一部の話なのだと思った。ドイツの国あげての取組みだと思っていましたので。脱原発の意識をもった人たちが結集して、エネルギー問題を解決していく姿は凄いとしか思いようがない。中々出来ません。感心、うらやましいとしか云えません。



日本の市民運動どうすれば!…ドイツと日本の戦後のありかたに、がくぜん!



原発ではなく自然エネルギーを使う方法はとてもよい方法だということを感じました。日本もドイツの方法に学ぶべきだと思います。



自分のくらしの基本は、自分のできることを始めるしかないのですが、学び見直せるところがあるかなあと、改めて考えます。



社会に関心を持ち行動しようという人が、若い人も含めて多数存在する国はうらやましいです。「地球人は科学的に創造された」という本に書かれていたことですが、エロヒムとよばれる宇宙人達の惑星では、原発は使われているそうですが、地球人の現在の原発とは全く方式が違い、ウラニウムのような危険な物質を使わず、何種類かの物質を組み合わせて発電するそうです。壊したらやけどくらいはしても、フクシマやチェルノブイリのような大惨事や、放射能汚染による被害は出ないという安全性の高いものだそうです。そのような本当の意味で安全でクリーンな原発を使って、UFOを飛ばし、宇宙にでることができるのだそうです。(なおエロヒムの惑星でも原子力のほかいろんな方法でエネルギーを作り出しているそうです)。地球でも、もし今までとは原料の全く違う原発が作り出せればエネルギー問題は話が変わってきます。ぜひ、これからの研究者には新しい方式の原発を研究開発してほしいです。放射能物質を無害化(放射線を出さない物質に変える)する技術も発見されているようです。廃棄物の問題もそういった技術が進み、実用化できるようになれば解決できるでしょう。でも、どちらにせよ、今の方式の原発はNGです。地球温暖化は誤りで、実際は寒冷化に向かう時代だそうです。人間が排出するCO2により温暖化するという元になった研究報告のやり方に誤りがあるそうです。エネルギー問題の解決策の中で重要なこととして、人口を削減すること、これは一般に忘れられていると思います。世界の人口が少なければ、そもそも原発を開発する必要はなかったのです。食糧問題、水問題にも人口が大きく関わると思います。まともな社会の運営のためには、最新の科学技術を理解できる科学者が必要です。利害に影響されない科学者にも権力を持たせるべきです。そのようにさせるには民主主義が必要ですが。



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20190927日(金)、28日(土)、29日(日)に開催された第58回の東田シネマ上映会にお集まりいただいた皆様、ありがとうございました。また、運営や情報拡散にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。ここにアンケートに記載された皆様の声を掲載いたします。

18歳~39歳


初めてこの人の事を知って、とても興味深く面白かったです。東北に個人的に興味があるので、東北を舞台にしたドキュメンタリーがあればみてみたいです。今日は良い映画を上映して頂きありがとうございました。
笛の話はおもしろかった。二代目の方にも興味があったので、それを知るいい機会だった。上手く言い表せないが、現代につながっている人というのか。
津軽のカマリをみて、これまでになかったと感じた。

40歳~59歳


東北の生活や歴史の中で、竹山の三味線の音が生まれ、今回人生を含め知ることができて良かったです。
全く知らない分野のお話だったのでとても興味深かったです。特に初代の竹山さんが死ぬ間際まで弾いていたことが印象的でした。
ずっと観賞機会をねらっていました。やっとこの映画が観れる!いっぱい書きたいことあるんですけど、貴重な映像(平内町のラストの映像はみたことあります)や、写真が沢山使われていて感激しました。ぐっとくるところがいっぱいありすぎて……。あと初代はユーモアのある人なんです。笑い所もいろいろあって、私だけ笑ってました(みなさん真面目にご覧になってて)。No,Music No,life って竹山のことだべね。観られてほんとによかったです。
初代竹山さんのすさまじい人生の一部が生々しく伝わりました。竹山さんの深くすばらしい演奏の理由が少し分かった気がしました。映画の内容、構成が分かりやすく音も良く、素晴らしいと思いました。また、東田シネマさんの上映に来たいと思います。
初代のことも、二代目のことも知りたかったので、ありがたい内容でした。もっと知りたく、聴きたくなりました。弥三郎節のつづきが気になる!
とても素晴らしかったです。
高橋竹山の人生とその時代に生きた人々について、語り継いでいきたいと心から思うドキュメンタリー映画だと思いました。ありがとうございました。
音色ひとつひとつが突き刺さり、また言葉のひとつひとつもつきささり、よく竹山という人が表現されていたと思います。大変良かったです。
よく知らなかったが、東北の苛酷な生活をこのように生き抜いた方がいたことに驚いた。本人のドキュメンタリーなどがあれば見たいと思った。
今年のGWに初めて津軽を訪れました。目的は津軽三味線を聞くことだったのですが、三味線の歴史館に訪れた際、高橋竹山さんを初めて知り、歴史を知り、時代背景を学んで、ミーハーな気分で津軽を訪れた自分を恥じました。甚太古のおかみさんであり、初代弟子の西川洋子さんのお店を訪れ、初代の懐かしい話や民謡の伴奏でしかなかった三味線が、今やとても人気になって九州からわざわざ訪れた私たちに大変驚かれていました。(初代としゃべり方が大変似ていて楽しかったです)。高橋竹山さん、三味線、東北の厳しい気候を通して、目標を失った人たちにも是非見て欲しい映画だと思います。何か必ず感じることがあるはずです。
三味線についてあまり興味がなかったものの、見入ってしまった。
生きるとは。残すとは。
独特な世界観は、ご苦労されて培われたものだったのですね。心にひびく、力強い音色です。昔の東北の方々のご苦労を知り、いろいろ考えさせられました。
津軽三味線は以前、生演奏を耳にしましたが。今回、竹山さんの演奏を耳にし、津軽三味線をまた耳にしたいと感じました。よかったよかった。
九州人にはなじみのない津軽三味線ですが、予告編につられてやってきました。初代は目が見えないことでたくさん差別も受けられたということでした。それを乗り越えてこられたことで、人間として、芸人として凄みを感じました!カッコイイ!以前、こちらでコーヒーの販売をして頂いていて美味しかったです。またぜひコーヒーの販売してください~!!まってます。
久しぶりに訪ねることができました。いつもメールでお知らせ頂きありがとうございます。行きたい観たいと思っても忙しさに負けていましたが、今回も大好きな竹山の映画ということで期待してきました。竹山の三味線は、山から海から吹いてくる風のようだ。なぜか雲は感じない。その風が竹山の命、他者とまた見えぬモノと交わらせ、次の命へつながっていくような作品だった。映画なのに闇からの音が似合うので、演奏の場面では目を閉じていた。申し訳ない。
面白かったです。津軽三味線を習っていますが、竹山さんの三味線はすごいのだなと思える年齢になりました。二代目のラストの演奏、素晴らしかったです。前作の「スケッチオブミャーク」、号泣しながら帰りました。
音色が素晴らしく、高橋竹山さんの生き方とリンクしてとても感動しました。ずっと聞いていたいくらいです。
津軽の歴史、風習も知れて良かった。2回行ったことがあるが、なぜかひかれる地だったのでまた行きたくなった。演奏シーンがたっぷりあって良かった。笛もあったのは知らなかった。
「生まれたからには生き抜いていけ!」コレが初代竹山の生きざまから後世に伝えるメッセージ(演奏)だ。
最初は、初代の生き様、音色に心をうばわれていましたが、最後は二代目にしっかりと受け継がれていることを確信し感動しました。

60歳以上


偉大な初代とそれを越える?二代目の苦悩。色々なものがあふれて、今は何もいえません。
東北に根付いた土地の音楽だと気付かされましたおもしろかったです。
すごい!
とてもよかった。
とても感動しました。盲目で生きるために苦労した竹山の思いが三味線の音に篭って、私にも伝わってきました。
高橋竹山の生涯が分かり感動しました。ありがとうございました。



Great&Fantastic!!
竹山の音色は誰も真似ができない、人生の厚み。芸が2代目に受け継がれている。男はカドヅケ、女はイタコ、古い社会でも生きていく手段があったということ。今より社会としてはあたたかいのではないか。祭というものの再発見、日本人がなくしたもの、それが映画につまっていた。
音楽が出来ていく歴史、音楽を作っていく歴史みたいなものを感じました。二代目竹山さんの音楽は素晴らしかった。頑張って頂きたいと思います。
生きる事の辛さ、考えさせられました。
あらためて初代竹山先生はすごい人だと思いました。
津軽三味線の音色は素晴らしいと再認識しました。
本以外の竹山さんを知れて幸せでした。全てに圧倒されました。障害者教育のあり方、障害者の就職、結婚、人生。障害者への差別は今でもあります。国民の代表たる議員のLGBTの人は生産性がないとの、公での発言。少数者への思いやりも、基本的人権意識のなさ、色々な思いが交錯しました。笛を吹かれるとは驚きでした。又、文献では知っていましたオシラサマのお祭りを見られたのも良かったです。とにかく、色々な思いと感情を持ち、勉強になりました。ありがとうございました。
今日は感動をありがとうございました。来て良かったです。音色よし、映像良し、心ゆさぶられました。有難うございました。
竹山さんの最後の演奏が聴けてよかったです。笛もされているとは知りませんでした。
若い頃、竹山のライブに何度も出かけました。唯一無二の音に魅せられるだけでなく、語りが心に沁みました。映像の中の竹山、厳しい自然、貧困、差別時代が造ったまれなる人物であるとあらためて注目したいと思った。だれもこれから真似のできない音楽家の姿。雪の景色の中、ねぶた祭りの背景「じゃわめぐ」土地が生んだ竹山ということが、伝わりました。
津軽三味線、堪能しました。ありがとう!
命の声、命の原風景、仏さま。
良かったです。ありがとうございました。
生で機会を逸していたので、今日は積年の願いが叶いました。
久し振りに三味線、すばらしかった。
素晴らしい映画で、竹山の人となりがより深くわかりました。欲を言えば、伴奏者としての時代をもっと知りたかったです。
有りがとうございました。素晴らしかったです。初代はもちろんですが、二代目竹山さんの事も初めて知ることができました。感動させて頂きました。
歴史を知る。よかった。
竹山の演奏を、北九州労音で生前3回、竹与(二代目)を1回、竹童は今も定期的に聴いています。今回のドキュメンタリーに興味があり参りました。懐かしい竹山の姿と音にひたることができました。竹山を越える方はいないでしょう、竹山の苦難の人生を生きる方がいないように。竹山はとてもチャーミングな方でした。
録音技術の違いなのか、演奏の個人差なのか、一口に言って音が違っていた。びっくり。二代目が襲名したのに20年間青森で単独公演ができなかった、というの辛いなあ。おしらサマをかたどった人形、「廻り神楽」にも似たようなのがあった、と思うけれど



1980
年代に2、3回くらい竹山師の舞台を手伝ったことがあります。初めて聴いた時は師を知らず、その凄まじい程力強く凄まじい程繊細な音、演奏する師の姿に圧倒されました。鳥肌が立ちました。2代目竹山さんが高橋竹与として付き人のようにコンサートをお世話されていました。その頃は知らなかったのですが、今回の上映でよくわかりました。
初代竹山のことをなつかしく思い出しました。5~6回コンサートに行った。青森で
●●(読解不能)さんの民謡と三味線もきいたことがあります。
目を閉じて(見えない状態で)音だけを聞いていたい、映画だから映像も見たいと思いながら見ました。関係ないけれど昔、ゴゼたちの絵をたくさん描いた画家がいて、10代後半の頃飽きずにその画家の画集を見ていたことを思い出しました。
初代竹山の尺八、横笛は始めて聞いたけど、三味線に勝るとも劣らない素晴らしいものでした。二代目竹山の三味は繊細で、テクニックは切れがあって、それはそれなりに良いのだが、初代の三味が持つ貧乏の味、ぬくもりが感じられない。先代の三味の様に涙は出ない。
初代竹山の力強い音に感動しました。外は何もいりません。楽しかったです。
とてもよかった。
ジャズにも通じた、心にひびく音楽だった。彼の生きてきた人生が、にじみ出る音を聞かせてもらった。
非常に面白いものでした。数十年前から竹山さんに興味があり、今回みられて良かったです。
歴史の遺産としては良い。
すばらしい。家族にもみてほしい。まず、私自身の感動がなければ。今日の出会いはすばらしい。ありがとうございました。
感動しました。ありがとうございました。
よかったです。「びんぼう」から教わったことが多い。素適です。
演奏シーンが見たくてきました。
初代高橋竹山さんのご苦労がよく分かりました。周囲の人々の差別の数々の下に生き抜いていた精神力は尊い、尊敬します。
かねてより竹山の姿を見たかったが、今回、機会を持てまして感謝します。音色の良し悪しは判らないけど、音色の中に竹山の生き様を見ることが出来たようです。
貴重な映像をありがとうございました。
やっと竹山の演奏が!!40年越しの望みが叶いました。やはり生(ライブ)で聴くべきだったかなあ、でもお弟子さんや関係者の方々のお話、気持ちも知ることができ、良かったです。
高橋竹山さんの映画を見るのは初めてですが、とても感動しました。ありがとうございました。
高橋竹山さんの三味線の音だけでなく、その言葉に重みと深さがありました。ききんで亡くなった無縁者たちへの慰霊や沖縄糸満市での慰霊の旅。「アリラン」がラストソングで、飢えている時、助けてくれたのが朝鮮韓国の人、目が見えない男の人は、門付けする三味線弾きで、女の人は人生を占うイタコとなる初めて知りました。飢えない為に、家族を養う為に、必死に三味線技術と魂を磨いた初代高橋竹山。あっぱれな、感動的な言葉と三味線曲の数々でございました。
行きたいけど行けないと思ったら、若い友人が車を出してくれ送ってくれるだけのはずが、誘うといっしょに見てくれて幸運でした。とても良かったです。津軽三味線のひびきは重たいと思い込んでいましたが、軽やかさがあふれていて、彼の人生は辛さもあったけれど幸福だったなと感じました。
暮らしの中音楽が根付いていて、竹山さんの津軽三味線も暮らしの中で必要とされ音色がすばらしくなっていくすてきな音でした。
一人の人間の生き様が良く描かれてました。楽しく、興味深く観ました。
迫力ある映像でした。その一言です。竹山さんの生き様、又、それを受け継ぐ方たちの人生が伝わってきました。
津軽三味線の音色に聞きほれました。
初代高橋竹山、二代目高橋竹山さんの映画、詳しく知り、とても感動しました。
東北の昔の貧しさ厳しさの中から生まれた、高橋竹山の気質の強さに打たれました。
大変よかった。
竹山さんの津軽三味線をたんのうした。
「自分はどうして生きているのだろう」の言葉が、心に残りました。初代と二代目の三味線に、演奏することは、自分の中の余計なものをそぎ落としていくことなのだなと感じました。
よかった。
やっぱり、竹山は竹山(初代)だ、技術ではないと素人の私は思う。
初代、二代高橋竹山及び竹童を堪能した。カマリ、風、音を味わった。初めて知った事も多い。M43~H10は、私の母が生まれた年での誕生年で、父の死亡した年に死んでいる。母が父の死亡年まで生存していたら、享年は竹山と同じ87才になっていたろう。ガシ、イゴキ穴など、いい言葉をしった。弥三郎節などいい曲を知った。私は、初代、二代、そして竹童をきいているが、すばらしい。集大成だと思った。
もっと戦前から戦後までの本当にあった事を知りたいです。
しばらくごぶさたしてきました。久々に心の底にひびいた作品でした。お客さんもボチボチでよかったですね。

年齢未記入


軽い自分が吹き飛んでしまいました。強い魂は沖縄、三陸、朝鮮、とも連なるのだなと考えさせられました。感動そのものでした。
生できくとすごい迫力だろうなあと思います。日本の原点を垣間見ました。
すばらしくて、感動のみ、生きる厳しさつうかんした。
大変よかった。
いやあ大した映画でした。津軽の風土、竹山の苦難と苦労と努力、生きのびようとする力。お弟子さんたちの生き生きした話、沖縄、朝鮮とのつながりなどびっくりしました。
三味線の音色は映画では広がりがなく、生の音でないとつまらん。音響のよい映画でないのが残念でした。
ン十数年前、戸畑市民会館で催された竹山師匠のリサイタルを拝見した時の事を、熱を帯びて思い出しました。最後の曲を聴き終えると、金縛りにあった様に身じろぎ出来なくなり、それがしばらくして解けると涙がとめどもなく溢れ止まらず立ち上がるといても立ってもおられず、関係者の方々へムリを言いまくって、楽屋へその人を訪ねていった。竹山師匠へ一言だけでいい、お礼を直接述べたいと。師匠を目の前にすると赤腫らした目のまま「良いものを本当に有難うございました。とやっと述べると師匠は、ゴツゴツとした大きな手で私の手を握って下さり、「こちらこそありがとうごぜやした」と、じゃわめ
のその音色の(以下、読解不能)。
生き抜く力、自分の思いも持って生き抜く力を感じる。厳しい環境ゆえに芸も人も育ち、そこから見えてくるものが生き抜く力、の様に感じた。
三味線の音が心の奥にも響いてきました。
「高橋竹山」を通じて三味線の音、迫力、力強さを感じた。苦労した初代、それを見事に継承している二代目。二代目竹山の演奏会が近くであれば、行きたくなりました。とてもいい映画でした。
少し時間が長く感じる所はありましたが、たくさんの事が織り込まれた映画で、心に残る作品になっていました。生きる為に弾かなければならなかった時代、朝鮮の方に助けられた話、津波の場で背中を押して下さった方、青森の風土、三線のある沖縄、厳しい中を生き抜いた竹山の生き様に自分の背中を正されました。多くの方に見ていただきたいです。
みごとな人生ですね。
初代竹山の三味線がたっぷりと聴けてよかったです。
竹山(初、二)その他の奏者が音楽に目覚めた経験(体験)と、音楽の変化(深化)が語られれば更に良かったと思います。
数十年前に竹山さんのコンサートで生で聴いたことがあります。その時も音色に感動しましたが、今回は幅広く知ることができ、改めてすごい人だと思いました。笛は初めて聴きました。
ドキュメンタリームービーは好みのジャンルですので、これからも様々な上映を期待しています。




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20190823日(金)、24日(土)、25日(日)に開催された第57回の東田シネマ上映会にお集まりいただいた皆様、ありがとうございました。また、運営や情報拡散にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。ここにアンケートに記載された皆様の声を掲載いたします。


18歳~39歳


貴重な映画をありがとうございました。様々な想いが伝わってくる映画でした。

最近の日本と韓国の関係を見ていると、非常に心配になります。このように関係の深い隣国にも関わらず、あっと言う間に関係がおかしくなっていっている事、政府の考えだけで事が動いていっていること。一方ではオリンピックと騒ぎながら。このままでは韓国はオリンピックにも参加できないのでは?太平洋戦争の時も、いつの間にか戦争やむなしという空気になっていったとのこと戦後のつもりだったのが、気が付いていたら、またということにならないようにと思うばかりです。

疎開中にも様々な悲劇が、そこでおきていたということを初めて知りました。対馬丸の話は、小学校で習ったことは覚えていますが、その当時は戦争がだめなことをしっかり理解できていなかったと思います。他人の気持ちを共感したり、年齢が上り経験により理解力が増したこの歳で、もう一度勉強したり考えてみる事に意味があるように思います。

40歳~59歳


戦争について、また考えました。この映画からさらに24年たちました。風化させたくない事実、伝えていきたいです。

学童疎開の真実が分かり、本当に良かったと思います。戦争の爪あとはいろいろなところにあり、二度とあってはならないと思いました。

小学2年生の息子がどう感じたか、むずかしいと思いますが、あとからゆっくり話を
てみたいです。

全く戦争のない世の中になるようにしていきたいです。

学童疎開をかつてしていた母と観に来ました。静かに深い訴えが伝わってくるようでした。

学童疎開のエピソードや回想を通して、つらい思い出や記憶も、語りついていかなくてはならないという思いで、知らせて下さっているのだと実感しました。

学童疎開の事を今まで聞くだけで実感がなかった。

戦争の語り部が少なくなりつつある昨今、子どもの視点で遺されるこの作品。深い深い想いが遺されつつある事を、又、本作品を今の子ども達が観てくれた事がうれしく思いました。しかし、現世は又、あの時代へ向かいつつある気がしてならない。

戦争の大変さを感じた。食べ物を大事にしようと思った。

ドキュメントが多く、子どもには難しかったです。ただ、当時の写真が少し見れて良かったです。

貴重な映像資料です。上映を続けて頂きたい、全国で。母が学童疎開世代なので、元気なうちに当時のことを聞いてみようと思います。

体験していないことは、学ばなければ常識にならない、とおっしゃった言葉が残りました。子ども時代を、本当に子どもらしく生きることのできなかった方々の体験を聞かせていただき、もっともっと学ぶことが必要だと思いました。語ることはとてもつらいことだと思いますが、このように貴重なお話をしていただけたことを、きちんと学ぶ義務が受け取った私たちにはあると思います。

今から25年前に製作された記録映画で、戦争体験者も60代~70代の方が多くて、戦争の記憶が生々しいことを感じる。だからこそ、戦争をしては絶対にいけないという切実な思いがあふれ出て、観る側に伝わって来る。今現在、戦争の本当の悲惨さを自分ごととして考えられる人が本当に少なくなったから、「戦争で解決しろ」などということを簡単に言う人間が増えているのだろう。貴重な証言集だ。

つらい戦争体験を語り継いで、伝え聞いた者たちが一つ一つをつないで、点を線に線を面にしていくことで、新たに判明していくこともあると思う。そしてそれが、今後人類の財産になっていくといいなと思う。

学童疎開をテーマにしつつ、やや拡散した印象。ドキュメンタリー映画というジャンル自体が難しい。声を残す作業は必要であり、映画の方がテレビより残しやすい面、再上映の機会を設けやすい面はある。若い人たちに見てほしいという意図はあろうが、そのためには工夫が必要。

60歳以上


戦争はイケません。しっかり生きて行こう。

「先生、みんな揃ったら、会いに来るね」と対馬丸で亡くなった方が、引率した先生のところに最近出てくる様になったそうです。二度とこんな思いをする社会にならないよう我々高齢者が声を出さねば。まずはできることから。

まだまだ明らかになっていない、重要な歴史があることを感じた。

戦争がなければ、それぞれが心豊かに生きていたと思います。「あやまち」を二度とくり返さないで欲しいと思います。

今回も知らないことをたくさん学ばせてもらいました。学んだことで、まだ自分がやらなければならないことを考えさせられます。元気にもなります。ありがとうございました。

初めてここで映画を見て、私なりに感じる事ができました。

戦争は駄目ですよね。語り継いで行ってるんですね。

戦争によって大変な目にあわされた子どもたちとその家族の状況に、胸が苦しくなりました。客観的にとらえた映像が反戦と叫んでいるわけではないのに、戦争前夜のような現在の日本で、もっと多くの人に見てもらって反戦の思いを共有してもらいたいです。

とても感動しました。見過ごしがちな視点からの映像がとても印象的でした。

一人ひとりのインタビューの内容から、学童疎開のことが分かりました。女の人がお兄さんから月謝を出してもらっていたが、やがてしっかり大学卒業まで自力でなさった(途中夜間高校在学中の偽証明書発行:面白かった)話に、女性の力を感じました。対馬丸のことは少し内容が分かりました(言葉でしか知らなかった)。体験者が集まって報告集を出していらっしゃることに応援の気持ちがいっぱいになりました。

遠い日の想い出を風化させることなく、もう一度意識の底辺に刻みつけなければならない最後のお山の杉の子のメロディを、歌詞を想い出しながら、幼児の体験を鮮明に想い出した。危ない今の時代こそこの映画を多くの人に見せたい。

沖縄の対馬丸といい、日本の忘れてはいけないものがぎっしりつまっていました。

この映画を藤原監督を軸とした女性達が作った事がすごい。戦争の記憶を伝え続けなくてはという事はわかっているが、リアルタイムでなかった戦後に生まれた私は、戦争の体験がある祖母や父母の断片的な記憶しかない。このような映画が残され上映されていかなくてはいけないと思います。

通り一遍の記録でなく、一人一人の経験者の話は、それぞれ身に迫るものを感じました。今の自分を見つめる上で大変有意義で色々と考えさせられました。次回も参加したいと思います。

いいドキュメンタリーを観させて頂きました。ありがとうございました。

つらい映画でした。子どもの立場、親の立場、両方の思いがわかりしんどかったです。

私が5歳のときが終戦でした。北支に出征していた父が復員し、兵隊カバンで小学校入学のカバンを母が縫ってくれました。両親と兄弟妹5人でした。ひもじい思いをして育ちました。物が捨てられません。

/2寝ていたが、戦争知らない子供達へ伝えたい。

グラマンの機銃掃射の跡が家屋に残っている時代と、今との間の20余年の長さを感じました。継承することの難しさを思います。

戦中のことは思い出したくない思いでした。事実を表現いろいろ考えさせられ上手く出来ています。帰ってみんなでよく話し合って伝えていきたいと思います。

開戦の時に生まれて、時々父から話はきいていましたが、父といっしょに観賞して、いろいろの話をしたいなーと感じました。まだまだ知らない、解らない事だらけですが、今日はとても良い時間をもらいました。

学童疎開を経験された方々は、80代でしょうね。再疎開、地震、はじめて知りました。忘れてはいけませんね。

感動的な映画をありがとうございました。何度も何度もこういう映画は見ていかなくてはならないと思います。対馬丸のことにも8月になると心動かされます。

戦争がいけないという事が分かったが、生き残った人の人間としての成長をどうとらえていいのか迷います。私自身は核兵器廃絶や戦争反対の運動をやっていますが、それを広げる困難さを感じ、悩んでいます。この映画の上映会を独自にやってもいいなと思っています。

学童疎開 具体的な内容を初めて知ったような気がしました。1995年の映画であること。今このような話ができる方々がどれだけおられるでしょうか?貴重な映像を多くの方に見ていただきたいと思います。忘れてはいけない!!

戦争反対 今日の映画より一寸年下1945.8.8日、八幡市有明町3丁目で、小2の姉と3歳の弟、6歳の私は戦火の中を逃げました。多大な軍事費より子供達へ、安倍首相、子供や孫達を平和な世界が続きます様トランプさんの言いなりにならないで下さい。

これは25年前のドキュメントでその頃と今とくらべて、時代はどうなのだろうと考えながらみました。少しは良い方向にむかっているのでしょうか語ってくれる方がいてくれる間に、と思うけれど、ぎりぎりのところにきていると感じる。これをみて知ったこと考えたことを少しでもつなげていけると良いなと思った。ここで語られていたことが、今の子どもたちに理解してもらえるかどうかと不安はありますが。今回も良い映画をありがとうございました。

戦後の5年後に生まれた私です。戦争の悲劇を改めて知ることができました。学童疎開での悲しい出来事があったこと、中身の濃い内容で非常に良かったと考えます。ありがとうございました。

平和な時代に生まれ育ったことを、改めて感謝しなければと強く思いました。

自分の思った映画と違います。

今年の北九州の戦争展で私も語り部の一人としてしゃべったが、関東や沖縄の人たちのように家族を失ったという経験はない。日本は、朝鮮や中国で無差別爆撃をし、米は日本で無差別爆撃をした。どちらも責任をあいまいにされたままになっている。どうしたら戦争をなくせるかは、そのような点をあいまいにしない事ではないだろうか。

戦後生まれの首相とか言われて鼻高々としてるアベに見てほしい、と思った。ま、仮に観てもふう~んで終わるかもしれないけど。25年前の映画だが、ますます戦争体験者が少なくなっていると、つくづく思う。

多くの子供達が疎開していたことは聞いていたが、20年前にこんな作品があったことを始めて知りました。多くの方が、特に若い人たちに観て頂きたいと思います。

歴史を後の時代に伝える大切さ、学童疎開を通じて当時の時代背景を振り返り感無量。ありがとう。

涙ながらに見た

学童疎開のことは少ししか知らなくて、日本全国でそういう辛い体験をした人たちがいたのですね。私自身、満洲からひきあげて死にかけていたと、母から聞かされ、戦後私と姉を育てる母の苦労を知って生まれなければよかったねと姉と話したことを思い出しました。74年経って、戦争のことを知らない人たちが増えています。語り継ぐ人が少なくなっています。だからこそこういうドキュメンタリーを上映して下さったことに感謝します。今日もシンギングボールを聞くことができました。ありがとうございます。

感無量です。子どもたちに語り続けて行かなければ、と。アジアの国々の人々も同じでしょう。軍隊の起こした戦争が600万人の血と涙を忘れるな!と。

戦争というものが、どんなに人間のいのちと幸せを奪ったのかをまた改めて  深々と知らされた思い。対馬丸事件については沖縄の記念館も行って詳しいことを知っていたが、今回の映画で遺族の話を聞き、あらためて悲しみ深い事を知る。

今回の作品はドキュメンタリー映画としては古いタイプの感じがしたが、製作年からみると、すでに四半世紀が経っているのが分かった。ということは、この作品に出られていた方々も、かなりの方が亡くなっているのではと思う。だからこそ、このような作品は上映され、少しでも多くの人たちに観ていただけないと、「戦争」という悲惨な事実がどんどん風化していくのではないかと思えてならない。「戦争は悪である」ということは誰でも知っている。にも拘らず、現代になっても武力による人殺しである戦争はなくならない。そして、「戦争」の一番の被害者は弱者である。一般の人々である。そのなかには「子ども」もいる。本作品とは主旨は違うが、ドイツが敗北した時、少年兵<ヒトラー・ユーゲント>であった子どもたちが戦後いかに悲惨な運命を辿ったかという映画『ヒトラーの忘れもの』という作品を観たことがある。そしてそのなかにあるのは「戦争には、本当の勝者も敗者もいない」という事実である。洋の東西、過去・現代・未来も関係ない。「戦争」は悪である。それを全ての人々が心に刻み、反対し、起こさせないように小さな動きで良いからやっていかなければと強く思って、自分にできることをやっている。
今回も良い作品をありがとうございました。

学童疎開の実態を実際の声と映像で体験できて良かった。外国との比較というのも興味深かった。

立ち食い市場の羊のような学童疎開。引率教員も大変でしたね。上級生からのいじめ。50年たってもいじめた上級生には会いたくない。S19.12.17東南海地震で、一緒に歩いていた友人が亡くなる。この地震での後遺症で今も薬を手放せない人がいる。この地震、関東大震災に匹敵するのに、戦時中の報道管制の為に、ベタ記事などの小さなものとしてしか報道されていない。三河大地震も同様に、報道されない。3/10の東京大空襲。両親、兄弟を亡くし、孤児となった学童疎開児たち。戦災孤児たちのきびしい生活が始まる。戦後74年ですが、何年たっても学童疎開での生活は、心と体に傷を残しています。戦争は始めてはならないものだと思いました。

戦後70年も経っているのに、初めてきくことがある。戦争の実像を次の世代
伝えていくことは容易ではないと思います。私たち自身が戦後世代で体験のない中で、でも戦争してはいけないという思いを、伝える術をもたなくてはいけないのだと思いました。

私は、この映画の人たちより少し後に生まれました。戦後の小学校入学です。学童疎開は話を聞いたり、本を読んだりしていますが、あの戦争中に親と離れ互いにきびしい状況でのくらしは想像に余りあります。戦争にほんろうされた人々の尊厳をとりもどす、戦争を許さない社会を創り続けることでしょうか。

自分は社会福祉活動のボランティアをしております。今回の映像を観て、公民館活動で、市民センター行事として多くの人に観てもらえたらと思います。以前は個人の好意で、自主上映会をやっていたのですが、市民センター等での映写は駄目だとの当局の指摘もあり、現在はやっていません。この映像だけでも、多くの地域の皆さんに観ていただく方針が見つけだせないものでしょうか。

学童疎開についての本やまとまった映像を、今回初めて見ました。現在の平和な時代の中で生きている人々が、過去の時代の人々の困難を極めた情況を知ることが大切。現代政治の中でまちがった方向に進んでいる危険を感じています。このフィルムを多くの方々に見てほしい。

以下のご感想は、後日郵送で届きました。
戦前、私の母親一家は、東京目黒区に住んでおり、昭和9年生まれの叔父は、疎開先の福島県で盲腸炎の手遅れにより、10才で亡くなっております。そのことにより、学童疎開のことは少し知っておりました。子どもたちだけで疎開するので、東京大空襲で親兄弟が亡くなり、戦災孤児となった子どもたちが、大勢いるわけですね。
母たちは、5月の空襲で焼け出されましたが、幸いに家族で生き残り、広島県に帰郷することが出来ました。叔父が亡くなったのは、東京の空襲が激しくなる前だったので、葬式は、学校葬で盛大にしてくださり、「君への思い出」という同級生の文集が実家に残っています。私もその文集に寄り、当時の小学生の想いを、少し知ることができました。母は、一緒に疎開した子どもたちの中には、戦災孤児になって苦労された子もいるだろうから、ありがたいことと言っておりました。
個人的な前置きが長くなりましたが、そういうことで、学童疎開について知りたくて、今回のドキュメンタリー映画を見にきました。8月になると、広島・長崎の原爆や、戦争体験者の話は報道されますが、学童疎開について詳しく報道されることは、ないように思います。東京大空襲で孤児になった子どもたちの映像は映し出されることはありますが。私も、叔父が健在であれば、直接体験を聴くことが出来たでしょうが。
映画の中で驚いたことは、疎開先の大地震で亡くなった子どもたちが大勢いることや、「対馬丸」の遭難により沖縄の子どもたちが770余名犠牲になっていること。「対馬丸」については、新聞で報道されるようになってきましたが。
私が、いちばん印象に残ったことは、疎開先での子どもたちの「いじめ」のこと。胸が痛みましたが、現在も「いじめ自殺」が後を絶ちません。証言された方が、現在の偏差値による振り分ける教育のことなど、いじめの起因する構造を的確にとらえ、25年前に話されていることに感動しました。私もまったく同意見です。孤児になられ、さまざまな苦労を重ねて生き抜いてこられた姿は、ご立派だと思います。切り絵に思いを残され、生きてこられた方の姿は、感動的です。戦後50年、1995年に記録されたこの映画は、大変貴重だと思います。
私は、67歳ですが、私の世代は、戦争体験を直接聞いてきた世代です。しかし、日本は、日本の加害責任と共に戦争を客観的にとらえ、見つめ直して、反省していく姿勢が希薄だと思います。私たちもそういう教育をきちんと受けて来ませんでした。そのことが、今日の日韓問題に代表されるように、火がくすぶり続け、時に爆発するのだと思います。今の大人の責任は重大だと思います。原発のことや、様々なところで、日本の悪い面が表出しているように思います。将来世代への責任を思う日々です。
以上、長くなりましたが、映画の上映、本当にありがとうございました。

年齢未記入


風化させない取組みは大事。

学童疎開をよく知らなかったので、戦争の側面としていかに子ども時代が、うばわれ死に直面しながら生きていくしかなかったのか、戦争の恐さがひしひしと伝わりました。

戦争で大変な思いをされた人が多くあったのだという事を、改めて思い出した。この様な事がまた起こらない様、若い人に知らさなくてはいけません。若い人にうったえる方法も考える事も必要かもしれません。まず、自分の子供や孫達にも教える事から始めなくては

過去の歴史を知らない事は犯罪(あやまち)につながる。

憲法のことも少しですが出てました。出演者の方々のような子どもが出ないためにも、戦争をしないためにも、国民投票はしないようにしたいです。

学童疎開のことは少しは知っているつもりですが、戦後どう生きていたがなどは、全く知りませんでした。今と25年前の世相の違いも感じました。

大地震の話は知らなかった。戦争はしてはいけないと思いながらも、戦争をあおるような雰囲気に満ちてる現在との矛盾を感じます。

戦争を知らない世代です。戦争を体験したであろう家族からも戦争体験を聞いた事がありません。体験された方々の複雑な思い、それでも伝えなければいけないという思い、たくさん感じました。貴重なドキュメンタリーだと思います。次回の作品も楽しみにしています。

子どもにはまだ退屈だったのかなと思いますが、戦争のむごさををあらためて感じました。

終戦とともに始まった「ノミの数」大会。子供たちも戦争のヨクアツを感じていたんだ。引率された教師への批評ももう少し多く組み入れてほしいかな(3時間超える?)

天皇の言葉の後ののみの匹数の記録がおもしろかった。今この時、あの子どもと、それ以上の悲しみを生きていることを考えながら、又大変大切なフィルムだと思います。

疎開の学童たちの、戦時下の生活、その後の人生を知ることができて良かった。それぞれの方の話は、苦しい経験をされて来たからこその言葉で語られ、心を打たれます。

戦争の記録は、本人にはつらい経験ですが、残っていかなければいけないと思いました。

戦時中の国家の隠蔽に腹がたちました。

平和であることの大切さ、あらゆる環境を守り育成することの大切さを感じる。自然環境はもとよりその環境を育てる教育の大切さを思う。学校であり企業であり社会としての環境を育てるには、この様な記憶、記録をつなぐ人材づくり、学校企業教育を考える多くのリーダーをつくりだす必要がある。この東田シネマもその一貫として活かして欲しい。多くの出会いの感じられる場所である。

学童疎開の子どもたちと同じ世代として、疎開中の大変さ、戦後の暮らしの大変さ、戦争による命を亡くすこと。戦争は、国が始めるが、犠牲は庶民一人一人が何万も何千万もこうむる。理不尽。決して戦争をしてはダメと。よい映画でした。




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映画の感想! vol.56 『 西原村 』


2019年07月26日(金)、27日(土)、28日(日)に開催された第56回の東田シネマ上映会にお集まりいただいた皆様、ありがとうございました。また、運営や情報拡散にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。ここにアンケートに記載された皆様の声を掲載いたします。


18歳~39歳



震災の情報を知っているのと、体験したのとでは雲泥の差があるのだろう、と感じた。わずか3年前の震災が既に過去の記憶となりつつあることを実感し驚いた。今まだ道半ばの復興。この映画のように震災の「その後」「過程」を見る機会というのは大変貴重だと感じた。



一人一人の心の葛藤が丁寧に取材されていて、心に響く映画でした。



村社会、大変なことも色々ありますが、西原村いいなと思います。こういう人と人のつながりやあり方が、やはり人らしく幸せに生きるということかなと改めて思いました。自分が今住んでいる地域で、何かの自然災害で被災を受けたとき、どんな復興ができるのか?そもそも復興できるのか?不可能なように思い、これから家族や地域とどんなふうに生きていくのか、改めて考えていきたい。


40歳~59歳




災害復興の色々な意味でのむずかしさが、伝わってきました。



自分の身の上におこることだと思っています。ですが、このような形で災害は再生していけるかは、人の力を受け入れつながる心を持てるかによります。悲しみや苦しみを未来への糧にしたいです。



同じ九州の地で、この様な事があった事をドキュメントで見ると、日々の生活がとても、たいせつな事のつながりで生かされていると思います。一人でも多くの人に伝えたいですね。



西原村の震災の被害は、とても激しくて地元の人のショック、精神の傷は深い。ただ、そこから、人々のきずなと、土地への深い愛と思いで、少しずつ復興に向かう姿が素晴らしかった。



西原村は震災直後にボランティアに行った土地でしたので、今度の映画で“復興”が進んでいることをとても嬉しく思いました。まだ、避難所生活で混乱している時でしたので。役場、のぎく荘など地域の方々のことを思い出しました。ありがとうございました。



正しい答えがない中で、それでも何かしなきゃいけないというそれぞれの悩み葛藤を感じました。内村さんのケースでは、本音では夫は残りたい、でも妻は残りたくない、どうなるのかと思いましたが、残らないという選択。おそらく自分が同じ立場でもそうしたのだろうと思います。



100%を最初から求めると何事も難しくなると気付かされた。「個人の幸せ」と「集まりの幸せ」の両方のつながりがわからなくなると、どちらの幸せも半減してしまうのだなあと思った。



最近はあまりニュースにもならず、どのように復興がすすんでいくのか気になってます。続編も作って欲しいです。



ニュースでは見られない震災後の本当の姿を知ることができた。もっともっといろんなことがあった、、、と思います。



村民の方々が、突然の混乱から復興への一定のヴィジョンを定めるまでの過程が丹念に取材されていて、自然災害の多い日本の他の地域の人々の参考にもなる記録ではないかと思った。村を大切に思う気持ちは、よその人間にははかり知れないが、先祖代々の故郷というものは、こういうものであるのだろうということを感じた。



熊本震災の現場での復興の営みを、それぞれの生き方を通して教わりました。ふるさとの思い、いろいろな段階をこえて、復興していく生の姿に感動しました。



村に対する思い、ふるさとに対する思い、そしてそれぞれのかっとうやまとまっていく姿をていねいにすくいあげたいい作品だと思いました。ありがとうございました。



地震のニュースが盛んに報道された頃は強い関心をもちますが、住民のみちのりはその後長く続いていることを強く感じました。近所や地域とのつながりが薄い現代のことを考えさせられます。



住民合意、コミュニティの維持のための努力に敬意を表します。貴重な資料映像です。役場の人の姿がたのもしい。



新しいコミュニティを作ろうという人々のすがたに感動しました。



村人や役場の方々の復興への思いが伝わった。



故郷への思いと現実に抱える問題で、期限ある復興スケジュールに対応しなければならない複雑な個々の思いがとても感じられます。災害の多い時代、どこでも起こりうる問題と改めて感じます。皆様が幸せであるように生活できますように願います。



気になってはいたが、ここまで入り込んだ取材、映像に感服しました。届けて頂いてありがとうございました。自分に何ができるか、具体的に考えてみます。



60歳以上




よかった。



地域のつながりのうすくなっている今、強く、地域づくりを思います。



ありがとうございました。



3年前の8月下旬、西原村市街地に戸別訪問調査に行きました。約60軒の方とお会いできて、一部損壊の状況をうかがい改修の費用見積りと工面の見通しなどうかがいました。あわせて、被災の前に家具固定、食糧備蓄ができていたかどうかもききました。約1割程度でした。また家具固定のひとつ天井への支え棒をしていたが、激しい振動で役に立った、なかったなども聞きとり、北九州市へ自助共助による地震対策の例示として示しました。ドキュメンタリーを見て復興の地域ごとの合意形成のご苦労がたいへんよくわかりました。



現在進行形のドキュメンタリーで続編が楽しみ。更なる災害が心配だが、彼らは乗り越えていくだろう。



ドキュメント作品で、とてもよかった。地震に対し、村人が力を合わせ復興する活動そのものが、美しく、人間的なだいじなものと感じた。この作品を参考に地震に対するそなえに役立てたいと思う。



自然災害が日本中で毎年のように起きている昨今、こうした記録が作られたことは素晴らしい!災害のなかった地域の人々に見て頂き、日本の国のことを考える人が増えて欲しい。自助努力を国はいうが、計り知れない大きな力に人間が打ちのめされた時、公的な援助があることが最大に必要と思うが、何とか国の社会保障、災害補償の行き届いた国になってほしい。



西原村は、熊本から57号線を阿蘇に向かうと左手の上はホンダ、右手の丘の上に熊本空港がある。空港をぐるっと回って西原村に月2~3回で仕事に行っていた。大阪から来た精密加工の工場に仕事を頼みに行っていた。西原村から更に外輪から阿蘇に下るとソバで有名な久木野村、阿蘇の山の上の地獄温泉に入って北九州に帰るのがお気に入りのコースだった。また、映画を見て行ってみたくなった。



復興の大変さが、大変くわしくわかりました。何事も人の和の大切さが一番大切ですね。



復興に対する村人と役場との接し方等…詳しくはわからないが、厚いものがあると思われた。これから少しずつ元の様な村になっていくことを祈っています。



地震、復興、、。復興を外側からしか見ていませんでしたが、大変な作業(営み)が必要ですね。改めて分りました。



市政だよりに載せているのでしょうか。ざっとしか見てないからか、気付きません。もう少しPRして下さい。東田シネマがどこにあるのか、初めての人はわかりにくい。



郷土愛が強いのでやってこれたのだと思います。



それぞれの苦悩を思うと辛いです。頑張ってください。



多くの災害が発生していますが、そんな時人々は絆の紡ぎ直しをして、次の世代へ受け継いでいると感じました。ありがとうございました。



考えさせられる、難しい問題提起したドキュメンタリーでした。自分の身に起きたらどうするだろう。ウ~ン難しい、一日も早い復興を祈念しております。



以前から常々気になっていたことがある。大きな災害、事故、事件など、その時しばらくの間は大手メディアは報道するが、その後の報道がなくなり「どうなっているのだろう?」と思っても、知る術が無い事だ。本作品では当時、連日のように報道されていた「西原村」について、きめ細やかにていねいに取材し、映像化されていて「西原村」についての現状を知ることができて良かった。そして「西原村」の人々が決してあせらず、前向きに進んで歩んでいることが分かった。さらに、それを大変な思いをしただろうに明るさを忘れずに一歩一歩進んでいく姿が印象的だった。今回も良い作品だった。スタッフの皆さん、ありがとうございました!



震災前から地域の人の絆は深いものであったと思うが、復興、再建に向け地域をまとめ上げる相当な激務と努力があったものと思われる。現代社会の人間関係の希薄さが社会のひずみの背景にあるとの危機感があり、感動をもって観賞させてもらった。



西原村の復興を願っています。



シネマは映像の文化。文化はカルチャー。カルチャーは耕すこと。大地を耕して小さな種をまき、雨に打たれ、風に吹かれ、熱さ寒さに打ちのめされ、それでも時期がくれば芽を出し、そして小さな花を咲かせる。激しい風が吹けば吹くほど、タンポポの種は遠くへ飛ばされ、そこでまた小さな芽を出す。がんばろう。



取材の粘り強さに脱帽!!内村さんが、飲み会の席で「女は男ほど土地にこだわっとらん」という言葉が印象的だった。この映画が女の視点から撮られていたら、もう一つ別のモノになっていただろう。とにかく、この作品の成果は大きい。記録としての意義は計り知れないほど大きいと思う。



大災害の被災者の生の声、本音が良く出て、色々な考えが良く分かった。報道では分らない点も数多くある事が分り、自身の考え方に今後生かしていきたい。



とても身につまされました。



私も故郷の墓をどうするか決めなければいけないと思った。



ことばに文字になりません……。片方で、オリンピック、オリンピック…とさわいでいて。たいへんな困難をかかえて…と、涙、涙でした。



団結の力!



他人事ではないと知りつつも、真実を知る努力もして来なかったと思っています。ブルーシートの町並みを見た時のしょうげきを再び思い出して苦しくなりました。頑張って下さい。



「故郷」、私にもとても大きな課題です。西原村の人たちの、飾り気のない心のつながりが、すばらしいなと思いました。



時間かけてていねいに取材してる映画だと感じました。



野焼きのシーンがとっても良かった。西原村のみな様が、元気に暮らされることを、素直な想いで願います。いい映画でした。



被災者の内面の葛藤や苦しさ、迷いが良く分かりました。それでも前に進もうとする、地元を愛している気持ちも本当に伝わってきました。



震災復興に向けた貴重な記録ですね。語り伝えていきたいフィルムです。もっと多くの人に見てもらいたいものです。



私の実家も熊本で、震災直後の5月に家の片付けの手伝いに帰りましたが、おいから、それは私の自己満足ではないか?と言われ、複雑な気持ちになりました。震災経験は経験したものでないとわからない、というのは確かと思います。福島原発事故をはじめに日本各地で多発する震災、それに伴う事故…、少なくとも私たち一人一人が「忘れないこと」だと思い、本日の映画を観にきました。とてもていねいに作られている映画でした。地域のつながり…振り返って、私のように単身北九州にきて、地域のつながりが希薄な者は、どのような状況になるのかなあ…と思いました。



当時は危険な地区に住み続けようとする人たちに疑問を感じていた自分が、浅はかだったと痛感しました。私自身、嫌いだった実家に出戻り昔とは変わってしまった地元ライフを過ごしてます。世代間やそれぞれの家庭事情がある中、期限内?にとりあえずの解決を導き出せた登場人物の方々に敬意を表します。



震災の復興の過程が、住民、役場、各々の立場から撮っていたのが興味深かった。相方が幼馴染、村という特殊性もあったのだろうけど。他の映画でも同様だけれど、ドローンのおかげで上空からの撮影ができるようになって、画面に奥行きがある表現がおもしろい。



山田孝係長のもち配り…毎年の行事を大切にする事が「日常を取り戻す」ことだと。内村さんの家は倒壊…父を亡くす。「1mでも断層から離れたい!」…15年務めた建築会社をやめ、独立して、地元の用水路の修理に汗を流す「命拾いした命だから」と。大切な畑は壊滅する。区長の大谷さん。住民と団結して、復興に汗を流す。8ヶ月後限界に達し、バス運転手さんだった坂田さんが後を継ぐ。新潟の山古志村から支援にやってきた臨時職員となった佐々木さん。全戸による「個別ヒヤリング」を実施する。2日間で22軒。集落の未来につながる40分ずつの情報収集。各家庭いろんな事情があるけれど、故郷を再建したいという思いは同じである事がわかる。最後の西原中の生徒たち…「君たちが大人になった時、どんな風景が広がっているだろうか」。狼煙から槌音、そして着実な復興へと進む。100年後の人々に向けても素晴らしい作品となっていました!!



一人々の意見をくみ上げて復興に向かう、大切ですね。これから私達もどんな災害に会うかわからない。でもしっかり、自分の気持ちを考え、取り組んでいきたいです。考えさせられました。ありがとうございました。



不思議な映画でした。よくぞまあ、ここまで現地で再建する方向でまとまった、と感心しました。役場の職員の方のふるさとへの思い、ここで再建したいというたくさんの人々の思い、今後10年後にどのような姿になっているか、見てみたい気がしました。もしかしたら、この地域で行われている野焼きが、今も続いているという事実が、人のつながりや結束の現れかとも思えました。大変な状況の中で一つの方向に話をまとめていった人々の姿に感銘を受けました。



最近はどこで災害がおこるかわからない。その後の復旧、仮設住宅、住民のまとまりが、本当に大変な事だと改めて感じた。



「震災の様子」よりも「人間」に焦点をあて、よい映画だったと思います。



地元の熱い思いの伝わってくる、素晴しい映画でした。



震災後の住民たちの「心のうち」が生き生きと描かれている。



年齢未記入




被災から、復興へ立ち直る道すじを残しておくことは大切だと思う。一人ずつの気持ちを積み上げていくことは、大変だったと思います。



土に生きる人の力強さ、よくぞドキュメンタリー作品にしてくれました。



すばらしい



西原村住民側からの視点ばかりだったが、国や県の意向とか、オリンピック、他の事業の影響とか、住民の意志決定に影響を与えている外的要因も描いて欲しかったかな。



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映画の内容に関する記述があります!まだ映画をご覧になっていない方はご注意を。

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映画の感想! vol.55 『 旅するパオジャンフー 』



2019年06月28日(金)、29日(土)、30日(日)に開催された第55回の東田シネマ上映会にお集まりいただいた皆様、ありがとうございました。また、運営や情報拡散にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。ここにアンケートに記載された皆様の声を掲載いたします。


18歳以下  



18歳~39歳




将来の事を考えている様で、刹那的に生きている彼らを不思議に思いました。葉さん一家のアホンと妹、母親(義母?)と父との関係性(あと弟も)がわからなかったのですが、もしかしたらインタビュアーもわかっていないのかもしれないと考えました。



心に染み入るような作品でした。登場人物たちが今、どうなっているのか気になります。



一週間は悪夢にうなされそうです。とっても気味の悪い映画でした。



40歳~59歳




先日、新聞で東田シネマ、北方シネマ、初めて知りました。これからも時々チェックして、ドキュメンタリー、見にこようかと思います。



台湾の「パオジャンフー」として生きる人々の苦楽を追ったドキュメンタリー、興味深く拝見しました。



ありがとうございました。薬売りの歴史として薬剤師としても、とても興味がありました。時代の変化の中でも、自分たちの伝統を守り続けてほしいです。



1995年の作品とのことで、あれから現在はどのようになっているのかと思いました。パオジャンフーのことを知らなかったので、知れてよかった。日本でも口上で物を売られる人が(バナナの叩き売りとか、とらさんとか)いましたが、ショーをしてはなかったので、興味深いです。人生がせつない、でも強い…、色々考えます。



みんな生きることに精一杯なんだなと思いました。何かを続けるには「不易」と「流行」を取り入れることが必要だと感じました。本日はありがとうございました。



パオジャンフーが地域に役立ってるところは良いと思いました。



台湾のむあっとした熱気のようなものが、伝わってきた。彼らの人生観がシンプルで良かった。



台湾の人の生命力あふれる魅力の一端を見ることが出来た。旅行で見るきれいな台湾ではない人間くさい部分にスポットをあてていて、次回台湾に行くときはまた違った感覚で楽しめると思います。劇中の方々のその後が気になります。



文化ではあるけれども貧困と結びついているように感じました。薬の効果や役割が時代と共に変わり、さびしく感じます。



ありがとうございました。貴重な作品を拝見できました。また楽しみにしています。



なんともなつかしい不思議な世界でした。何がなつかしいのだろうか?でも、なぜか知っていると思うのは同じアジアという人種のためか。彼らの自由で、しかし体を張った自由奔放さに憧れますね。



珈琲を楽しみにしておりましたのに、残念無念。今回のは……。珈琲好きの知人を喜ばせてと思っておりましたのに本当に残念なり。



興味深いお話でした。おもわずひきこまれて見入ってしまいました。台湾の暑い蒸すような中、熱気をあびて自分も見物しているような気持ちになりました。生活臭がいっぱいで、キレイな映像とはいえませんが、熱くぐっとくるものがありました。ありがとうございました。



こんな台湾もあるんだなあと感じました。25年近く前の作品のようですが、今もパオジャンフーの方たちはいるんだろうか、どうくらしているのか、と思いました。



おもしろかった。



このような旅芸人の文化があるとは知りませんでした。おもしろかったです。



60歳以上




おもしろかった。



蛇の動きが面白かった。昔の台湾なのだろうけど、猥雑さが興味深かった。



この作品の「DVD」を持っているはずが大画面で観るのも違って面白い。



全く知らない世界をありがとうございました。



力強く生きる人生に感動しました。



蛇使いに驚きました。あれだけかみつかれながら、毒が回りながら訓練をしていました。



1995年とは24年前!!彼らは今どうしているだろう…、同じ仕事を続けることができているならすごいことだと思うけれど、四半世紀前は日本にも台湾にも「昔ながらのなつかしい風景が残っていたな、と、(台湾へは行ったことがないけれど)この四半世紀で世界は確実に劇的に変わったことを再認識しました。



今回も途中ちょっと眠くなった。



これがドキュメンタリー?すごい青春映画のような印象です。(女の子の表情、仕草がすごく良い)期待通りでした。



20年以上前の作品なんですね。いずれにしても、なじみのない世界が見れて楽しい映画でした。



面白かったが制作が1995年ということで、古くて異世界を見るかんじ。



自分の過去を観ている様で大変に面白かった。次回に期待している。私は当館には毎月のように来ているので、次回はこちらにも寄ってみたい。



久しぶりの東田シネマでした。パオジャンフーの予備知識がなかったので少し予習をして来て見れば良かったと思いました。また来させて頂きます。ありがとうございました。



2回目ですが、予告を見て又来たいと思います。



面白かったです。



歌と踊りも面白かったが、全体はよくわからなかった。



参加者が少ないのにびっくりしました。予告編は余り興味が湧きませんでした。

台南のいつ頃の物●かな?台北台中には昨年5度目の個人旅行で行ったが、台南は30年前に行った。今年は台南と思っていたが、楽しみだ。



小さい時、日本でも芝居小屋で生活している人々の事を思い出しました。蛇使いには驚きました。



「上映会」長く続けて下さい。



初めて知る台湾のパオジャンフーのことを知って興味深い映画だった。恋人とよくケンカしながらも一緒に働き、パオジャンフーの仕事を受け継いでいこうとする若者の変化が見ものだった。口上もなかなか良かった。キングコブラのヘビ使いはすごかった。



(1)新威殿はバンで移動。お父さんの火吹きのショーはスゴイ!!薬を売るのですね。アホン、アレン、亡くなった娘さんの話。幾重にもいろんな人生が交錯しています。(2)呉さんはお一人で月琴を弾きながら歌い、薬を売る”原爆は真珠湾のお返しだ、日本は2つもスゴイものをもらった”。(3)黄さんは口上師。(4)蛇使いのアミン・・・、蛇が恋人。蛇がいなければ変になっていた。一日一日を生きていくのみ。生きる出家僧。不思議な世界です。ドキュメンタリーなのに、フィクションのようにいろんな奥行きがある。また、音楽と風景がとても懐かしい感じがしました。



20数年前の記録映画、その時代もずいぶん難しい生き方をあえてしなければならない人たち。その頃の日本はどうだったんだろう。思い出せないが、この頃でも日本はまだ恵まれていたんだろうと思うと、今でもたくましく生きる外国の人たちはすばらしいと思います。



台湾はあまり興味がなく、何も知りませんでした。日本の富山の薬売りのようなものでしょうか。この映画の意図がよくわかりませんでした。ドキュメンタリーとして、どう受け取っていいのか、ずっとあとで、ああそうだったのかとわかるのかもしれません。今見えているもの、これから見えてくるもの、見えないもの、それがドキュメンタリーなのでしょうか。



25年近く前だから、今はどんなでしょうか。うまく言えませんが、悲しい気持ちもわいて来ますが、何か強さも感じられて、おもしろかった。あの生活のなかで10人の子どもがほしいと言える姿がすてきでした。



今回も途中ちょっと眠くなった。やはり映画館で見る映画の方が面白いしためになる。



パオジャンフーというものを初めて知りました。商品を売りながら生活する旅芸人!生きていくのは大変だなと思いました。年老いたらどうするのか?



浪花節だよ人生は、のカラオケがおもしろい。日本文化が浸透しているところ、よくこんな人生があるものだと感心させられた。



何ともわい雑で少しなつかしい記録。でも今の私たちの生活感覚とはかなり違っていて、でも、生活のたくましさには恐れ入りますという感じです。人間はいろいろな生き方ができるものだと思います。



日本の夜市、見世物小屋、旅芸人一座と同じように、台湾においてもアジアの放浪芸は存在していたのだと思った。民衆のたくましさが表現され、生のエネルギーがあふれたシネマと思った。



この映画に関しては、特にありません。社会的メッセージが何かあるのかどうか?今後とも良い映画を期待します。



社会の通常の構成員からはずれた存在というあり方なのですが、今の日本の社会には、こういった人たちがすっかりいなくなってしまいましたね。古くて遅れた社会と言うこともできますが、今の世の中の息苦しさとは、ちょっと違う生き方にすこしほっとします。



前半少しぼんやりして見えたが(こちらのせいかもしれませんが)、後半引き込まれた。とても良い映画でした。



旅芸人の魂と日常を、これほどまでえぐり出した映画は他に類を見ない気がします。撮影が実に素晴らしい!



まるでロードムービーの様で面白かったです。



すごく疲れたけど、こんな世界・処があって生活してる人がいる。蛇の場面にちょっとショック、でもやっぱり人間がしている、特別な人ではないんだなーと。自分を傷つけて生活していること…。知らない世界だった。



遠い昔に見たことある様な風景でした。面白かったです!



どっこい生きている。



日本風に云えば香具師達の生き様が印象深かった。映画の中の音楽が殆ど日本の歌で、台湾・・・以下、読解不能。



何故、台湾ではナンバープレートのない車が走っているのだろう。



年齢未記入




若い時台湾の台南の田舎でホームスティしていました。その時の雰囲気が思い出されて楽しい?なつかしい気持ちでした。魅力的な国です。



‘91年頃、台湾東部を旅した頃を想い出した。小さな街でも必ず夜市があり、片すみで、パオジャンフーは見なかったけれど、京劇や歌謡ショーなどの旅芸人が夜を盛り上げていた。あやしさと、やさしさと、人間が生きて働くエネルギー。当時の匂いまでも想起させる映画だった。カメラマンの視線がすごすぎる。



半世紀前の「旅芸人」を思い出しました。楽しく観ました。そして昔の日本の風景のような話し、おもしろかった。



24年前の映画ですか!!今は、ジャンフーはどうなっているのでしょうか。楽しかったです。



葉さん一家の「生きる熱量」をとても感じました。アレンがいなくなったら成り立たないな…と少し心配ですが。アホンは役に立ってないし。たむらまさきさんが好きで、ぜひ見たいと思っていました。ありがとうございました。



北方シネマに行ったことはありましたが、東田シネマは初めて来て映画を観賞しました。『旅するパオジャンフー』は観る前からあまりイメージがわかない作品でしたが、観終えた後もよく理解できないところが多かったです。けれど、その分ゆっくりと考えさせられる作品だと思いました。



生きる事、を考えさせられる。生きるエネルギーの大事さを感じる。



半世紀前の「旅芸人」を思い出しました。楽しく観ました。それ程さかのぼらなくても、日本にも大道芸人を祭りなどで見る事がありました。



「フーテンの寅さん」を家族でやってるところが面白い。



眠たかったが非常におもしろかった。日本の曲を翻訳(全然違う意味になっていたようだが)して、ダンスに使ってあるが、そこで目が覚めた。政治がからんでいたことや、修行中の娘が死んでしまう怖さもあることが垣間見えた。もう25年位前になるのだろうか(制作から)。いつか見た見世物小屋の一座のドキュメントを思い出した。もう“記録”でしか残らない世界なのだろうか。



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映画の内容に関する記述があります!まだ映画をご覧になっていない方はご注意を。



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映画『奇跡の小学校の物語この学校はなくさない!』



2019年05月17日(金)、18日(土)、19日(日)に開催された上映会にお集まりいただいた皆様、ありがとうございました。また、運営や情報拡散にご協力いただいた皆様に感謝を。ここにアンケートに記載された皆様の声を掲載いたします。



18歳以下




地域の人たちが、協力して小学校を守ろうとする姿がすばらしいと思った。



18歳~39歳




すてきな作品ありがとうございました。



子どもの数は減り、統廃合が進むのが仕方ないと思っていましたが、すばらしい取り組みで変わっていくという事を知れて良かったです。映画の上映を検討中です。地域の方と考えたい課題の一つです。



同じような小規模特認校に外から通っていたので、自分の小学校時代を思い出しながら、感慨深く観賞しました。自分の行った小学校でも、やはり地域の方の協力なくしてはやっていけなかったと思うので、改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。



桜祭りやサタデースクールなど、人が集まるキッカケとなることを考えたのがすごい。今注目されている食育に目をつけたとこもよかった。給食がとてもおいしそうだった。色々な授業が充実していてとても楽しそうで、授業風景を映画でみているだけでもとてもわくわくした。どんどん入学人数が増えていってよかった。とてもすてきな映画でした。



地域の方々の学校を想う気持ちに心を打たれました。とても素晴らしかったです。



手塚英男先生を筆頭に頑張った他の先生、保護者、地域の人や行政など多くの人が関わっていたので、あんなに愛された学校は他にはないのではないか、と思いました。また、様々な取組みをしていたので、うらやましい限りでした。映画の中で、生徒たちの声が入ってなかったので、生徒の声も聞いてみたいと思いました。あと、みんなと同じものを作るのを安心する発想力不足の大学生が多い、とありましたが、確かにそう思います。とても面白かったです。



強い気持ちと思いやりがあれば、どんなことでも可能にできることを学びました。小学校の時にお世話になった地域の人たちを思い出しました。



不在籍PTAや地産地消の給食、城山西小学校にしかないことがとても良いです。子どもが学校に通っていなくても学校を支援して、学校を思う気持ちはとてもすごいなと思いました。



複雑だった。生徒数が少なくなって他の地域から集めれば、他の学校の子が少なくなるし、ベビーブームの時の生徒数が普通と考えるより、人口減の時代にふさわしい学校や社会のあり方にソフトランディングしていく方がいいとも思う。とはいえ、魅力的な学校や地域の模索が続くのはいいことなのだと思う。



サタデースクールや、地域と学校のつながりがものすごく強くて、とても感動しました。小規模認定校になってからも、地域の人たちの頑張りなどで、入学する児童もたくさん増えて、複式学級も解除されて、とてもみりょくのたくさんある学校だなと感じました。



母校も小規模校なので、小学校時代の地域のつながりを思い出しました。また、今、教員を目指していますが、このような地域とのつながりが深い学校に就くことや、そのような学校を築いていけたらと強く思いました。



40歳~59歳




ギョーザぷりっぷりっで本当においしそうでした。給食の野菜を自分達で作るってとてもいい体験だなあと思います。地域の人達の子供達への愛情、小さい頃から文化にたっぷりふれあえる環境、自然とたっぷりふれあえる土地、もっと近くだったら絶対子供達をこの学校に通わせたい。



城山西小学校はとても魅力があり我が子も行かせたいと思います。英語の授業が始まり、コマを確保する為に運動会を半日にする学校が増えてるとききます。理想と現実、その辺どう対処しようとしているのか気になります。



我が子が北九州市の小規模特認校に通っています。映画のように、地域の人たちに見守られて生き生きと学校を楽しむ姿をいつも見ています。児童数が少なくなったからといって、無くさないで欲しい!と思います。



これがフツーの人間らしく平和な暮らし、それができなくていじめや自殺が絶えない社会って何?管理される人間と管理する人間をつくる今の教育を変えたい。この小学校からこういう上映会を通じて広まるとよいですね。



内容は良いと思うので、市内の河内などの少人数校で上映してヒントにしてもらったら良いと思います。毎年子供の編入のチラシを持って帰りますが、内容がみえません。この様な取り組みをしているとわかれば、編入させやすいと思います。



小学校が再生していく過程に、地域の力、団結があり、町が一つになって生徒が増えていく姿にとても感動しました。自分にできる事がないか、たくさんの事を見ながら考えました。



こんな学校に子供を通わせたい!と強く思いました。学校と地域が一丸となって子どもたちの成長を見守る、なんて素晴らしい地域なんでしょうか。私自身、小学校のPTAをしていましたが、いろいろと考えさせられました。やっぱりPTAは必要ですね。



複式学級からの回復、すばらしいですね。私は小石小の出身です。今後どうなるのかなと心配になります。私に出来ることは何なのか、考えさせられました。また、今、仕事で、放課後等デイサービスに勤務しています。この時間の過ごし方や、壁のかざりつけなども参考にしたいなと思いました。ありがとうございました。



桜がいろんな人達の力により残ることができて良かった。本物の授業にふれさせてくれる校長先生もすごい!色んな体験ができて楽しそう。カタクリの会の婦人の力もすごいけれど、道具作りなど男性の協力もすばらしい。地域住民のパワーと子ども達の活き活きした姿、力強い。私が子どもだったら通いたい。



美しい映像、前向きな住民達の気持ちがよくわかります。もっと前向きまでなかった人たちが、どう参加していったかとか、なぜ、この小学校に行かせたいと思ったのか。違う視点からもみてみたかったです。みんないい人……なのでしょうか…、そうだとしたら、きせきの住人…では…。少しきたいしすぎました。ありがとうございました。



とてもうらやましいなあと思います。どうしたらあんな風にみんなでひとつの方向に進んでいけるのか。日本の中に城山西小のような学校がある事が、とてもうれしかったです。映画の中にたくさんのヒントがあったかも知れません。感動しただけではなく、うらやましがるだけではなく、何かひとつでも学べたらいいなと思います。今日はありがとうございました。



小規模校だから出来ることだなあと思いました。人気のある校区に人が集まって大規模校が増えていますが、子どもたちひとりひとりに寄りそえる小規模校がもっと増えると良いのになあと思いました。文化人の授業がとても印象に残りました。想像力や思いやりの心、豊かな発想、子ども時代に豊かな文化に触れることはとても大切だと思いました。いつも良い作品をありがとうございます。



運営側の努力のことが多かったので、この学校で育つ子どもの様子や変化の視点もあると、もっと興味深かったと思う。小規模校の、子ども(地域外の子、地域の子)にとっての良さを。



全て計算通り、計画通りうまくいったような構成になっているけれど、文化人を呼んだり、給食提供する上で困ったこと、失敗したことはなかったのか?全てボランティアでやっているのか?裏の事情を表に出さない方がいいのかな?



歴史ある桜が地域の連携を生み出し、独創的なカリキュラムで生徒数を増やしていく過程は、とてもすばらしいと思いました。卒業している子どもたちも、その両親もきっと地域のために協力していくだろう姿を想像します。次の作品も楽しみにしています。



地域の「力」が素敵でした。学校を想う地域の方々。自分はどうかな?子どもたちは卒業しましたが、お手伝いができることがあるかも、ですね。



今回の映画もとても良かったです。地域の力に感動しました。予告の映画もとても良さそうで、また来ます!



子どもたちの笑顔に元気がもらえました。ありがとうございました。



まだ3回目ですが、毎月とても楽しみにしています。



まさに奇跡の学校でした。北九州市でも多くの統廃合が計画されています。子ども、父母、おじいちゃん、おばあちゃんが、かがやいていて、学校を中心に地域を再生していく姿に感動しました。地域外からの人達の暮らしなどどうなっているのでしょうか。農業?ベッドタウン?



とても素晴らしい映画、すばらしい学校復活劇。ただ、これだけのことをするには、絶対的に予算配分が多くなくてはできないことが多い。文化人をただで来てもらうわけにはいかないので。公教育なのでどの学校にも、これだけのことができる予算をつけていく。それができる社会をめざさないと、と思った。それと、今、北九州市でも小規模校は廃校になっていっているが、城山西小並みの充実した豊かな教育をするには、もしかしたら60~120人くらいの学校が学びの場の規模として適正なのではと思いました。もしかしたら、小規模校を統廃合するより、大規模校を分散していくほうが必要なのかもしれません。



胸がいっぱいになってうまく言葉では書けませんが、映像に写っていない部分、桜がよみがえって…、子どもたち、この学校にたずさわっている人々すべての心の中、豊かで涙があふれそうです。ありがとうございました。



地域一丸となって、学校存続のためにできることをする姿勢に感銘を受けた。校長先生の姿勢とあいまって相乗効果だったのでしょうね。移住者がどれだけ増えたのか、地域外から子どもを通わせる保護者の感想を聞いてみたいと思いました。



いいドキュメンタリーでした。入学児童数の増に驚きました。「地元力」ですね。エンドロールにも地元のたくさんの団体が出ていましたし、この映画製作にも実行委を作っていたみたいですし。5年内に複式廃止しなければ廃校という、2校のうちもうひとつの学校はどうなったのでしょうか。



とても感動しました。児相に居るので子ども達のために出来ることをしたいと、改めて思います。



教育の関係者の方に観て頂きたいなと思いました。私の育った頃も教育ってもっと自由だったなと思います。これからもがんばってほしいと思います。



地域の方々の思いと校長のアイディア、行動力が学校を救った。素晴らしい。



子どもたちを豊かに育む場をつくるのは大人の責務ですね。そのために何々が無ければと思わず、そこに有るものを十分活かして、熱量のあるアイディアを持って道を見出せば開けるのだと思わされました。



60歳以上




感激しました。ありがとうございました。



地域の力で色々と取り組めることがあることが分かった。



心暖まる映画でした。



地域(小学校)に子供が居ないと未来はない。教育の原点を考えさせられました。



地域の皆さんの素晴らしさに感動しました。この学校が変わらず続いていってほしいですね。



素晴らしい実践のドキュメンタリーでした。少子化、過疎化の中で廃校になる学校が多く、私の通った小学校もそうです。北九州市にもたくさんあり、現在も廃校が検討されてもいます。地域づくりの視点でも学校のあり方を見つめ直すことが必要だと思いました。



あの給食が食べたい。良い特区もあったんですね。学ぶことのすばらしさを、改めて思います。ダイヤモンド・ユカイを意識できなかった。



心がほっとする映画です。こういう、生活というか人との関わり方ができにくくなっている今の生活が、どこかいびつなのだと思いますが。



まず桜のすばらしさ、学校を守らなければ、という地域、学校、行政の連携のすばらしさを感じました。上から目線の人がいないこと、子ども達の為という事で考え、動いている事の大切さを感じました。横のつながり大切ですね。今の行政、廃校になるところも多くなっていると思います。でも、どの学校にも歴史があり、そこを生きてきた人達がいると思うのですが、どうやったら存続していけるのか考えさせられる映画でした。よかったです。



最近少子化が問題になっている時に、とてもいい映画だったと思います。自分自身のこれからの生き方にも参考になることもあったような気がします。ありがとうございました。



少ないから合同で大きな学校にするのではなく、少ないから、地域も一体になってみんなで子どもを見守ってゆく。孝子桜の再生から校長先生も本腰を入れて、地域をもりあげてゆく…。ステキな映画です。孝子桜の生きている姿に、みんな元気をもらったみたいですね。自然の生命力はすごい!!



孝子桜の復活がスゴイですね。「孝子桜まつり」、1年目に3000人、2年目に2万人の方々をめる。手塚校長の5つの約束もスゴイ!!①会話科②文化人の先生方の授業③地域連帯活動、400人集まる清掃活動、1年に1回の資源ゴミの持ちより⇒PTA会費へ納入、校舎内清掃④給食(地産地消):安全でおいしい⑤サタデースクール:放課後児童預かりスクール。「小規模特設校制度」により全市から児童生徒を集める試みにより、城山西小学校が甦る。給食農園もスバラシイです。みんなの本気が、奇跡の小学校復活を支えたのですね。とっても嬉しい気持ちになる映画でした。



すばらしい学校です。思いがあるとこの様な事ができるのですね。よい映画を見せてもらいました。



子どもを想う地域があることが、今の時代に救いですね。一つ一つはきわめて基本的なことでありながら、とても大切な活動を丁寧に取り組んでいくことで、大きな成果を得ることができたこと、素晴しいです。特に子どもを取巻く環境はとても厳しいものがあると感じています。そんな中、小さき者に注ぐ愛情が、すべてを再生させる鍵であることを再認識しました。



子どもは地域の宝。地域の人々が学校を思う気持ち、地域の子どもを思う気持ちをいかに活かし、学校、行政に活かしていくのか、考えさせられた。校長の、地域、子どもを思う力が、アイディアを生み、それが地域に活かされた。地域の方々が学校を大切に思う気持ち、心が大切。



よく小学校が地域の中心とか拠り所とか聞くけれど、イマイチ、ピンとこなかったけれど、この映画で小学校の地域での役割というのが納得できた。地方に行くほどに閉校の問題は多々あるとおもうけど。老人や不在PTAの存在には関心、カタクリの会はどこでもおばちゃんパワー、行動力を実感。



とても有意義な作品でした。地域の方々の熱い想い、学校、行政との一体感など、素敵な方々のすばらしい生き様に感激致しました。地域の活性化、再生、教育のあり方に対する方向性、ひとの■さを得させていただきました。



「こんな地域、ほかにない」という手塚校長の言葉通り、あの地域だからこその「奇跡の小学校の物語」なんだと思います。この先、少子化はどんどん進み、子どものうばい合いが続くことを思うと、結局は「地域力」なのかとも思いました。



久しぶりに東田シネマに来ました。私の田舎の小学校も、かつて千人を超えていた生徒数が数十名になり廃校の危機にあります。今日の映画を観て重なる部分も多々あり、興味深くうれしく思いました。また、学校につとめる者として、地域と共に子どものために教育活動をするという原点にふれ、感動し元気をもらいました。ありがとうございました。



よかった。校長の学校を存続させたい思いとそれを支える地域の人たちの連携がすばらしかった。地産地消が強調されたが国内ではTPPの農業分野で■■りしたのが、確か栃木県出身の国会議員だったと思うが、そのようなことができるのに矛盾を感じないのかね。



すばらしかった。北九州でも、どんどん統廃合が進められて人と人のつながりがうすい中で、どうなんだろうと思っているのは、私だけではないはず。みながら、町中のカソの問題は?と考えていました。シナリオはありますか?すてきな言葉がたくさんあっても頭がよくないから、覚えきれない…。



学校が、地域にとってどんなに大切なものかを、改めて強く思いました。今、都市でも統廃合の問題や、PTA活動が負担にだけ思われるような状況が広がっています。でも、この映像の中のおとなの方たちの表情が、子ども達に負けないくらい生き生きとしていたことに、これからの希望が見えたような気がしました。



毎回素晴らしい作品を上映していただき、ありがとうございます。今回の作品は全国的問題になっているもののひとつである<学校の統廃合>という、やや重めな、さびしい、ネガティブなイメージのある題材を扱いながら、それを逆に前向きな、先のある、ポジティブなイメージに変身させた、素晴しい作品だと思う。テンポも良く、観ていて時間を感じさせないものだった。その理由のひとつが暗い映像を使わず、登場する人達もほとんど笑顔であったから…ではなかろうか。観ているこちらもこの学校の活動に巻き込まれているように思う。また映画としては撮影の素晴しさと編集の素晴しさを感じた。そのためにどんだけの時間を使ったのか…を考えると敬服する。作品本体に関わった人達はもちろん、この作品を上映してくれた<東田シネマ>のスタッフの皆さん全員に感謝の意を表したい。



これ程までに地域の人々に見守られて育つ子ども達は幸福だと思いました。本来ならばどこの学校も、子どもの為の学校教育であるはずなのに、今の日本では政策によって難しい部分が大だと感じています。教師も子どもも豊かな教育のできる環境であって欲しいと思いました。



小学校を思う気持ちの強さ、大人たちの絆の強さ、などが伝わってくる映画でした。とても感動しました。力を合わせることの大切さは、誰でもどこでも必要であり、自ら行動するということの重要さにつながってくると思います。これからの自分の人生にも活かせたらいいと思える映画でした。



学校を中心とする地域の人々の輪、すばらしいと思いました。映画では直接描かれていない現実の困難もあると思いますが、それを乗り越えてきた関係者の努力、情熱に感動しました。是非、現地に行ってみたいと思います。



とても参考になる映画でした。でも、今の時代、実現はむつかしいですね。それぞれの地域でのつながりが少なくなってきて、大人たちも、忙しく毎日をすごしている気がします。どうか、子供たちが楽しくすごせる環境があって、すくすく育って欲しいと願っています。



ドキュメンタリー映画をつくるのに長い年月をかけてつくるけど、うまくいくかどうかわからないで、よくできているなと思いました。今回の映画はとても涙しました。地域の絆がたいせつと思います。自分自身の勉強になりました。出演者や校長先生の笑顔が素晴らしかった。



とてもよかったです。このように素直に心を打つ作品を今後もお願いします。



社会に希望がもてる、人間って本当は良い人ばかり。



学校規模適正化により学校統廃合がすすめられています。北九州でも同様です。少子高齢化で人数が少なくなり、効率化で行なうのではなく、今回の城山西小学校のように、少人数の学校だからできること、教育、経験があると思います。地域、保護者、自治体も一緒になって考えるべき問題だと思います。



校長先生の音頭取りから父兄、地域ぐるみで子どもを育てていくことの協力を惜しまない姿をみて感動しました。柔軟な取組みがすばらしいと思いました。子供達、大人もみな幸せ(苦難はあるだろうけれど)な顔、たのしい顔が印象的でした。桜の立派さ、130年、すばらしい。中心となって歴史をみつめている。たやさないとりくみ、大変よかったです。



北九州市でも小学校の統廃合がいくつかされています。その時、教育委員会は小規模校の弊害を強調しますが、この映画を観ても小規模校の良さもたくさんあることがわかります。地域と学校の関係が大切だと思います。子どもが大切にされるところには大人の生活の豊かさもあるように思います。



宇都宮市長の挨拶に驚く。最後の校長の挨拶に驚く。学校の本来持っている可能性―子どもたちにとって、親にとって、地域にとって、を深く考えさせるにも、人々の心が紡ぎ出した美しい奇跡の物語だと思った。



一人の校長先生の発想と地域の人たちの団結。日本の昔にはいろいろのところでこうした風景があり、みなさんの努力があった。農耕民族の人たち(私も含めて)日本の風土にあった生き方があった。それを、小さな自治体を、政府の都合でつぶしていった。今の日本の貧しさを同時に感じます。豊かな栃木の片田舎で、こうした地域が守られ、発展していることに、何かほっとしたものを感じます。日本が失われる前にこうした地域の再生が広がることを願います。



安全安心の学校給食で農園作りが良かった。地域の人と色々やっていく、子供達もすばらしい。段々と入学する子供が増えていくのは心地よかった。私が卒業した小学校も今はなく、さびしさを感じる。



すばらしい実践ですね。これを支える皆さんの労力の大きさが気になりました。



地域の教育力をまざまざと見せつけられた、心暖まるドキュメンタリー映画でした。孝子桜と共に、学校の発展が今後続きますように!!



地域と共に学校再生を達成しましたね。学校は地域の再生と同じです。活動の中心となる人がいて、その廻りにその人を支える人たちが集まり、徐々に達成されると思います。この映画は、その再生の状態を感動的に描いていました。ありがとう!



地域活動の原点、ボランティア活動の原点を感じる。地域活動の大切な事、一グループ、一NPOなどの活動の中で、いかに地域を巻き込むかが必須であり、その為の努力が大事であることを思う。



子どもの笑顔はほんとに良いものだと思う。大人の「本気」が、子どもの笑顔、あるいは真剣なまなざしをつくるものだと改めて思いました。少子化はどこでもいろいろなことを起こしていますが、近くの小学校の今年の一年生は、1クラス19名の2クラスという現実。これから先のことを考える上での大切なヒントをいただいたように思います。このドキュメンタリーから10年ほどたっている今、この学校がどうなっているか、とても関心がわいています。どのようにつなげ続けていけば良いのかのこたえがみつかりそうです。★いつも選りすぐりの作品を準備していただいてありがたく思います。前回(4月)作品も印象深かったです。現地に行ってみたいとも思いました。



同じ町内に全校生110名程の小学校があるので、感慨深く観ました。私もこの学校にかかわれれば良いと思いました。



やっぱりドキュメンタリー映画は好きです。見てよかった。教育の原点が描かれていると思いました。我が人生のこれからが考えさせられました。



桜の力と、地域学校の皆さんの思いが、しみじみ伝わり、心が暖かくなりました。それぞれの力の出し合わせが、すばらしい!



地域の人々がひとつになって、自分達のふるさとを守る思いで、学校、子供達を応援している姿に感動しました。多くの人にこの映画を観てもらいたいです。



失われつつある地域の活動に、美しいものを感じました。



少子化のすすむ中、わが町八幡東においても児童数の減少により学校の存続が危ぶまれる時がやって来ました。少子化の問題と、市の財政の問題と、どちらも問題だが、まず第一に子供の教育を大切に考えなければならない。小規模―大規模どちらのメリットを、最大限になるように、地域の力を発揮しなければならない、切に感じた。参考になった。



学校の本来あるべき姿を見た気がしました。



すばらしいです。



とても良かったです。子どもが少なくなって統廃合が、戸畑でも鞘ヶ谷ともう一校があげられています。この中で給食がとてもいいですね。ぎょうざ鍋とか、メニューが地産地消ならではだし、子どもたちが自分の食べる野菜を作るのがすてきです。東京の自由学園の子どもたちも野菜を育てて自分たちで作っています。地域とつながった食生活をめざしたいです。



東田シネマさんは本当によい作品を上映されています。枯葉剤の作品と同じくこの映画も私の心にずっと残る一本となると思います。私も若松で長い間PTAの仕事をやってきたので、統廃合の問題は切実でした。次女は保育園、小学校、中学校を失い、高校、大学は名称が変わりました。根本は、子どもを産み育てていくことが困難な現状をつくり出している、自民党政治の悪政が原因です。これを変えねば国民は救われません。



ただ感動の一言です。学校の皆さん地域の皆さんが、ここまで一つにまとまり各々ができる事を各々が実行していく事ができる驚きです。子どもたちの生き生きとした姿が印象的でした。それは愛情に包まれたすばらしい環境からもたらされたものなのでしょうね。



とても心に響きました。東田シネマを継続して見ていますが、自分自身の問題として、心に自問をしながら見ていました。全く同じ状況で、小さな分校に勤めていましたが、やめて7年目になります。小規模だからできた、たくさんのすばらしい体験と共に、自分たちのできなかった無念さもあり、一年後廃校の予定です。ただ、すばらしい、地域や学校の取組みを見て、大人として地域の子ども達にかかわることを、自分でもできることをしたい、と見ながら思いました。虐待や大人の都合、時間が横行する世の中で、自分にもできる事がきっとある、やらなくてはいけない、と背中を押されました。



やはり感動しますね。地域の人達が一つになり、参加をして、学校を復活させてゆく、すばらしいことです。いろいろな場所で、この映画上映があり、いろんな地域が影響をうけていけばいいですね。手応えのある取り組みで、ほんとうにすばらしいと思いました。



淡々としたナレーション、構成が多くあったが、本当に小学校を通して地域の大切さを考えさせられます。風景がどこでも同じ都市部にいると、忘れがちで大切な事を認識させられます。明治から始まった小学校は、初期から地域が建て、地域が支えてきたと聞いています。中々初心に戻って考えるのは難しいのでは。



校長先生の努力は大へんだっただろうと思いました。簡単に地域の人の協力と言っても、私をふり返ってみると、あんなに一生懸命してなかったな、と反省するばかりです。でも、子どもたちの元気な顔、自由な動き、いいなあ!



もっと大人たちが子どもの未来に関心を持たないといけないと思いました。PTA活動を嫌う保護者の多いような話を聞くと、大変寂しく思います。子どもは宝。もっと大事に育てないといけませんね。どうしたら親の意識を変えることが出来るのだろうと、改めて感じました。



年齢未記入




「地域の教育力」がとても重要と考えて、自分の住む地区で実践中です。とても参考になりました。年長者は自分の子供、孫に出来なかった「保教育」(保育+教育)を、今こそ実践すべきと感じました。血縁で出来ない事は“地域の他人で”!!



この小学校のことを映画ではじめて知りました。校長先生の5つの方針や地域の人々の思いが集まって、すばらしい学校に進んでいったのだと強く思いました。子どもたちや地域の皆さんの顔が明るくて、楽しそうに行事を行っていることが素晴らしい。



学ぶことに優劣をつけ他とくらべるのは、百害あって一利なしです。



地域活動が学校の廃校をなくすためで、子どもがいないのにPTA会費を払っている家があるという事実。その空気感が伝わってくる映画だった。疑問なのは、”国家戦略特区”とのカラミかな。たぶんたいした予算でもないと思うが、こんなすばらしいことができるんだったら、カケーなんかに金をバラマクなと感じました。



地域活動が学校の廃校をなくすためで集結されている素晴しさをドキュメントされて、素晴しい映画でした。過疎化対策の参考になりました。私の地域活動にも参考にしたいと考えました。



平尾台の子どもの村中学校のお手伝いをときどきさせていただきましたが、同じ小規模特認校でも、また違った発展段階を歩んでいる事に興味を持ちました。やはりどちらも子どもたちが主人公なので、とてもうれしく感じました。



貴重なドキュメンタリー鑑賞機会をありがとうございます。よい学校を知れてよかったです。



これからの日本に希望の見える映画でしたね、久々…。人間を信じられる映画でした。



最近、閉校になった学校の話を悲しく聞きました。正に、学校がなくなる事は地域がなくなる事だと話した事を思い、こんな思いでよみがえる事があるのかと感動でした。



地域のコミュニティは大事だなと思った。ただ、人数が増えてこれを維持するには、どのような課題が出て来ただろうか。



S14年生まれ、80才。私は私の小学1年の時を思い出し、終戦直後の食糧難、弁当をそれぞれかくしながら食べた事(貧富の差)。そして今日の豊かさ、日本の現在の豊かさ、当映画のストーリーにある発展の過程があったと思う。



生き生きとした子どもたち、地域の方たちの笑顔がとてもすてきでした。文化人の授業やみんなで作った野菜の給食、放課後スクールなど、小規模校ならではのアイデアがいっぱいで、自分の子もこういう学校に通わせたいと思いました。先生や市長のスピーチに思いがこめられていてとても印象的でした。子どものいない地域に未来はない、と一生懸命に力を尽くす方たち。地域の力が学校には必要だと実感しました。私は子どもが小4になった今年、PTAの活動に携わることにしました。この映画で勇気づけられました。





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映画の内容に関する記述があります!まだ映画をご覧になっていない方はご注意を。

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映画『よみがえりのレシピ』

2019年04月26日(金)、27日(土)、28日(日)に開催された上映会にお集まりいただいた皆様、ありがとうございました。また、運営や情報拡散にご協力いただいた皆様、ありがとうございました!

ここにアンケートに記載された皆様の声を掲載いたします。


18歳以下  




食べ物がおいしそうでした。在来作物は、なかなか口にすることはできないのでうらやましかったです。作物をそだてている人の方言も良かったです。特に、大根のパイみたいなのは、食べてみたいです。在来作物を探すことや、育てることはとても大変なことだし、伝承するのは難しいことだと感じました。(風の谷の今鹿)



大変美味しそうで弟にも食べさせてあげたい。例えば、大根ぱいやかぶのぴざなど普段は口にできない食べ物は画面ごしでも香りが感じられるようだった。里芋はあまり得意ではないが、料理によっては食べられそうだ。これだけ飽きることのない質疑応答の映画は真に初めてである。嗚呼お腹が空いたなあ。(与謝野晶子)



在来作物のことをあまり知りませんでしたが、この映画を見て、在来作物ならではの魅力を知ることができました。在来作物などのマイナー(言ってしまえば)なものは、ただ作り続けるだけではなく、それを調理などでアレンジして世に発信することが大切なのかなと思いました。



作物へのきょうみが出ました。



18歳~39歳




野菜や果物など、子どもの頃に食べていた味が懐かしくなることがあります。生産者の生活を考えると、難しい部分もあるのでしょうが、将来の食生活を豊かで安全なものとするため、考えなければならない時にきているのだと思いました。



在来作物について、初めて考える機会となりました。とっても考えさせられる映画でした。



本当にとても良い作品だと思い、もっと広めてもらいたいと思います。



在来作物というものがあることは知っていたものの、たくさんの作物がなくなっているということは知らなかった。在来作物は、その土地の文化というのが印象的だった。



子どもたちに食の大切さを伝えていきたいと思った。



スーパーに売ってる野菜とは又違った品種の野菜、それ使った料理。普段自分が意識して選んでこなかったもの、一つ一つの美味しさがあるんだと再確認。栄養の面でも取り入れたい。昔から作り続けてくれてる人に本当感謝したい。一つ一つの行程の細やかさが伝わり、食材を大切にしなきゃな、と深く感じた。


在来種の野菜は京野菜のイメージが強く他の地域の古来のことについて、これほど多くの種があったのだと知ることができました。また、農家の方々がどのように受け継いできたのか、料理と和食のアプローチで描くのではなく西洋風から素材を最大限に生かしたもので、こんなに幅広く扱えるのだと驚くばかりでした。



種を守るという行為は、植物の遺伝子をつないでいく行為であり、それを営む農家の方々がお孫さんやお子さんと一緒に種を保存しているシーンが印象的でした。また、人気がないという商業的な理由で今は種が残されないという状況ですが、昔、もし種が途絶えるという現象があった場合、それはどのような理由でおきたのか気になりました。


よみがえりのレシピをみて、レシピ本が売っていて見てつくるのは、東京など買える食材でつくるレシピで品種を改良された食材(日持ち、食べやすくした食材)で在来作物では同じレシピは作れない。自分がこの食材を美味しく調理してやろうではなく、この食材はどうしたら美味しくなるかを考えよりそう事が大切である、それが生きた料理だというシーンが心にのこっています。私もそういう調理をしていきたいと思いました。



在来作物を継承すべく、がんばっている人の思いや歴史深いのだということを知れました。日本ならではの食文化とは「食べて美味しい」だけでなく、「食べて健康」になる貴重な資源なのだということを学びました。


「食」って大事だなと思いました。在来作物がどんどん知らない人に知ってもらえるようになればいいと思いました。知らない野菜がたくさんあって、食べてみたい野菜がありました。



キュウリ、カブ、ゴボウ、知っている野菜だけれども、はじめて見る形。在来作物というものをはじめて知りました。私たちの住む地域にもそういった野菜があるのか気になりました。野菜は、そのもの(できあがり?)もしくは苗を見ることしかなく、種を守る?大変さを初めて知りました。映画で出てきたレストランに行ってみたい!と思いました。まずは、自分の地域の在来作物について知りたいと思います。


私は平尾台麓の三反で農作業員として毎日畑に通っております。固定種の種を知り、この映画を知れてよかったです。今は固定種のトマト500株を育てています。種をついでいくことの大切さをあらためて確認する事が出来よかったです。そして、より多くの人にこの国の宝を知って頂きたいです。それと日本語が生き生きとしていました。人々の仕事姿も輝いていました。



あたりまえの日常が大変尊いものだということを感じた。作物を育て、次の年に残すという行為は、人間も次の世代へつなげていくことと同じだなあと、みていておもいました。とても良い映画をみることができて本当によかったです。


農業に対する関心が高まった。“感性の共有”という言葉が印象に残った。文化の保存と革新を両立するのはむずかしいが、取り組むべき課題であると感じた。



畑作業をしたことがあったが、種は市販のものだったので、在来作物を作り続けていくためには自分たちで種まで取らないといけないということに、当たり前だけど改めて気付かされて、農家の方はすごいことをしているのだなと思った。昔から食べられてきた作物がなくなってしまうことは、私たちにとっても、自然界にとっても大きな損失だと思うので、この映画を見てそのことに気付いてくれる人が増えると嬉しいなと思った。


日本の食文化について勉強になりました。これからの食材の扱いだと意識して、地元の食材にもたくさん目を向けていきたいです。



これから役に立ちそうな話が多かった。これを見て農業に興味がわいた。食に関することに興味がある私にとって、とても面白い映画でした。


40歳~59歳




子供たちに伝え続けていきたいステキな内容でした。ありがとうございました。



在来作物を守ることは命の伝承、伝統の継承、世代間の共感を残すという意味で大切なことだと思った。種を植えてから種を採取することまでが、農作物を育てていくことだと思う。今はそれができない。F1の種しか売られていないから在来作物を守り育てることは、これからの私たちの世代の使命であると思う。


大変深く共鳴しました。私も全く同じ思いで、たった2%にまでなくなってしまった日本の在来種のタネを守り、日本本来のすばらしい社会をもう一度取り戻そうとしています。はこぶねコミュニティ/はこぶね組合とぜひこの映画製作された方々と一緒に、日本のタネを守る活動をしていきたいと思っています。



野菜がとてもきれいでした。音がよかったです。子どもたちの表情、たべている人の顔がよかった。いろいろな種を大事にしていきたいと思いました。おなかがすきました。ステキな映画、ありがとうございました。


沢山消えてしまった野菜がこんなにあると思わなかった。子どもたちが体験として収穫するイベントが多くあるが、「種から種まで」の活動は良いと思った。



出身が山形です。江頭先生とは反対にこちら北九州で生活しています。地場野菜のことはいろいろ聞きますが、山形だけで30種もの野菜がなくなってしまったこと。自分はその野菜を食べたことはあったのか…。これからの食のことを考えると、ここ九州でも見つけて守っていかなければならないと思いました。


種を守り生命を守り、長い歴史の中で人々が工夫して生きのびてきた尊さを感じました。農業は基幹産業として大切にしたい。また現代は小さな田舎の農家、学校、専門の先生、そしてメディアとつながって大切なことを広めていけるので、そこを生かしてよりよい社会を作っていきたいです。



和食文化学会で山形在来作物研究会のことを知りました。奥田シェフと在来作物をつくる人、支援する人のコラボは、すばらしい取り組みだと思います。


食、植物に興味があるので、知人が教えてくれました。多くの人に観ていただきたいですね。観覧者が少なくて残念。どうしたら観覧者を増やせるのかな?全国どこでも同じ物を生産、特徴のないのはどういうものか、悲しい。炎と作物、かぶの栽培(斜面)に驚きました。在来作物―残してほしい。命を支え合う共生関係―大事にしてほしい。楽しかったです。



私の今おかれている立場に役立つような気がいたしました。又、“よみがえりのレシピ”そのとおりでした。時間みつけて、レストラン山形?行ってみたいと思います。色々とお勉強になりました。ありがとうございます。


在来種が消えていきそうな中、その良さを再び後につないでいく大切さを感じた。手間ひまをじっくりかけて、ていねいに仕事をしていく姿はすばらしく、次の世代にぜひつないでほしいと思った。



野芋の美味しさを見直しました。日本の風土に合った野菜等が、こんなに知らない野菜が多くあること。驚き、今、子ども達に受けつがれていることを大変嬉しく、又、楽しく鑑賞できました。やはり、食は人、地、命をつなぐ大きなキーワードですね!!


山形に様々な在来作物がある事が分かり、それを守り続ける難しさも知った。農業は人を幸せにすることが出来るという言葉が印象的でした。又、山形の方言もきけてよかった。



食と農は文化だと、改めて思いました。風味、風格、…、語られていた男性の言葉がとても心に残りました。


「食材ありきのレシピ」!!昨今、やたらと見た目の美しさを競う料理。ランキングに左右されるレストランが多い気がするが、「人と人とを結びつけるのがレストランの役割」と断言するシェフの力強さ、その意識に共感されてる様に、次々と豊かな発想で提供される料理の数々、そのように有るその作物を作る人々とのつながり感性の共有にBravissimo!!



作り手の思いが込められた野菜を、全身全霊でおいしい料理にかえていく。そしてみんなで食卓を囲む。食卓を囲む人たちの笑顔がステキな映画でした。種の継承がこんなに手間がかかる作業だと知り、本当に農家の方には頭が下がります。大量生産大量消費の今、とても心に響く映画でした。


北九州にも奥田シェフのような方が居たら嬉しいと思いました。在来種の種が守られることを祈ります。



大変興味深く拝見しました。


国は種子法を廃止し、画一的な作物を外国頼みによって推進させようとしています。農作物は工業製品ではないと改めてこの映画によって知ることになりました。伝統作物の大切さを広げたいです。



子ども(孫)たちが、体験を通してその土地の食物の良さを感じているこころ、長くつたえて、つたわってきたこと、ものが、とだえることのむなしさを感じます。“風”のことを語る方の自信、ステキです。


総中流などと言って地域の均質化に走った時代によって失った土地土地の個性。そこにこそ地方の持つ力がある。小さな小さな種に大きな力があることに気付かされ、それを継いでいくことに情熱を燃やす人々に敬意を抱きました。



素晴しい映画でした。私も在来種の種を守り増やす活動を、地元でやっていこうと思います。


在来作物のことは興味がありましたが、映像として見たのは初めてで色々考えさせられました。それよりも、焼き畑農業に触れられていたのが意外で、細かな農業技術など知恵がつまっていたものなんだなと、海外の焼き畑農業にケチをつけたイメージしかなかったのでびっくりしましたが、これはこれで別の映像で見たいものだなと思いました。ありがとうございました。



とても大切な事を映画にして頂き、みる事ができて良かったです。


学び多い作品でした。



在来野菜作物の継承に尽力されている農家、料理人、学者、それぞれに感動しました。また、子どもたちの姿もとても良かったです。


生産者のおもい、次世代につなぐ気持ち、地域を大切におもう気持ち、様々な人々の美しい気持ちのこめられたすばらしい映画でした。誰に言われたわけでもなく、使命感をもって、地域伝承作物を守っているかたの精神の高さに感銘をうけました。



とても印象深い内容でした。食と生活を改めて振りかえる機会となり考えを発展させていきたいと思いました。


残す事は使う事だと思います。ほしいと思わなければ淘汰されてしまうと思います。それと人の利権についてどこまで許せるかだと思います。(商用食物は無精、次世代が残せない)桜ですら継木です。⇒先日の牛の精子問題、いろいろあります。



在来作物の大切さを伝えていただけた作品だと思ったが、種子法が変ってしまったことに対してのメッセージがないのが、残念だと思った。江頭先生の種子法に関しての考えをうかがってみたかった。


在来種のたねを守って下さってる方々に頭が下がります。感動しました。山形に行ってみたくなりました。北九州でも無農薬の農家さんがいないか、又、する場所やする方がいないか、坂上さんのはこぶね組合でも探しています。北九州初の講演会の前にフェイスブックで見つけて、すぐに主催者に伝えました。これからもこちらとタイアップして一人でも多くの方に知って頂けたらと思います。



60歳以上




環境ミュージアムでの上映にふさわしいエコな映画でした。


食の文化と地域社会における人々の絆が生々と描かれていた。



私が考えた内容ではなかったけれど、在来種は大事にしないと、考えさせられました。生物多様性はとても大事です。野芋の種を購入する時、日本のものを捜しますがなかなか捜すのが大変です。


在来野菜の存続、復活に着目したドキュメントを初めて見ました。単に品種の存続だけでなく、食料確保、飢餓の解決=SDGsの方向とも結びつく大事な事業だと受けとめました。北九州にも同様の品種が埋もれているはず、たとえば古代米など。行政の所管では、北九州総合農事センターの業務に位置付けられるのではないか。北九州市農協、エフコープ、グリーンコープなどの消費者団体との連携も十分ありうると思います。学校教育との連携(すでに映画にも登場しました)も有効です。夢のふくらむ問題提起ですね。



ごちそうさまでした。思えば、大根もきゅうりもほうれん草もトマトも、小さな頃食べてたのとは全然別の味になってしまいましたね。大人になって味覚が変わったとかでなく、別の野菜になったような感じがあります。確かに昔食べていた野菜は種や種芋としていた気がします。それがいつの間にか、その都度種、苗を買って来ては植えるようになって…。グローバルな種苗(?)取引のハナシを以前ニュースで聞いたような…。すみません、あいかわらずまとまりませんでした。最後に――生物(植物)の映像がとてもキレイでした。


種を残し伝えるという事がとても大事な事だと、今まで余り考えた事がありませんでした。在来作物、いにしえの人々も食したであろうというロマンも含めて、とても共感できました。確かに今現在私達が食べているものは、甘くて口当たりの良い品種改良がなされ過ぎていると思い、在来作物の大切さを知りました。



65歳になって定年退職。子供時代は農業をしていたので、この映画を観て、やっぱり鹿児島に帰って小さな農業にもどろうかな。これからも映画を観に来たいですね。


色々と考えさせてくれる映画でした。普通何気なくスーパーの野菜を食べて来ましたが、地域の古来からの野菜は及びもつきません。昔は生活に追われて貧乏な生活のなかでやっていた事が、大事な食が、今や贅沢だと、いつも皮肉です。



奥田さん(イタリアン・レストランのシェフ)は、在来食物に寄り添いそれを生かすレシピを考える…、こういうシェフの登場が在来食物を残して生かす事につながるのだなと思いました。また、栽培者が、在来種苗を守り育てる活動が大切である。焼畑農法って、スゴイ古の知恵ですね。8月中旬に種をまき育つ「藤沢カブ」…渡会さんが守ってきたカブ。在来作物は「生きた文化財」…でも、守り、作り、残す人がいなければ消失してしまう。志をもって、次世代につなげている人達に感銘を受けました。


伝統野菜と人間がもちつもたれつ、ということがよくわかった。



在来作物の力強さを感じることができた。おいしそうで、食べたくなる。


こんなに豊かな生活があるのだなと思いました。子ども達に、種から種までの生命のつながりを教えることって、すごいですね。ヒマワリの花やアサガオなどでは、小学校等でもやってきましたが、野菜は苗を買ってきて植えることしかやってなかったことを残念だったなと思いました。思っていた以上にすばらしい映画でした。



在来作物を大事に思う人たちが、いろいろな立場からつながって楽しんでいる所が、力になっていると感じました。


在来作物の生産者の苦労。



人間と作物は命を支え合っている。人の知恵の素晴らしさに感心した。


毎日食べている野菜について深く考えることがありませんでした。素晴らしい映画をありがとうございました。



ひとつぶの種からの人のつながり、食物を大切にする心。本当に頂きますと云う事を学びました。


焼畑農業と森林の関係を初めて知った!びっくり!在来野菜を作り続けてきた人々もすごいが、それを料理しかもイタリアンに結びつけたシェフにも脱帽。我が家も兼業農家だったので、所々なつかしい風景(次の種をとるところとか)が…。(もう忘れていたけど)



地道で息の長い人々の取組みのおかげで、在来種が継がれている様子がよく判った。自分でもできる種の保存と、人に拡げる取組みを続けていきたい(今はまだ3種程度)。


おいしそうな料理ばっかりで、食べたい!!と思った…。それはさておき「在来種」が多く失われていっている現実を考えなければいけないと思った。その土地に住むのは人間だけではないということ、すべてがつながっているということ。日本という国は何ともカンタンに宝のようなものを捨ててきたのだと改めて考える。子や孫たちのことを考え足元からみなおしたい。



それぞれの野菜の美味しさがつたわってきました。


自然の力、自然な色、美しい風景を見せて頂きました。良い時間、ゆっくりした時間を頂きました。良い映画でした。家族で見せて頂きました。ありがとうございました。



とても勉強になりました。


在来種の種を大切に一つぶ一つぶ大切にされている農家の方が印象的でした。各地で在来種を守っていって欲しいものです。子ども達の感性失いたくないですね。農業をもっと大切にして欲しい。



本当に健康で長生きするためにも、地産地消の仕組みを意識的に作る必要がありますね。


3月は年度末で鑑賞できず残念だった。で、今回の作品は映画として映像の美しさが素晴らしいと感じた。四季折々の風景はもちろん、農作物のひとつひとつの新鮮さが映像を通して感じ取れた。そして考えさせられたのは、こんなに多くの在来作物があり、それ以上に多くの在来作物が失われているという現実だった。これは舞台となった山形県だけでもなく、多分全国的にも同じであろう。これを考えると、ある意味、その地域の歴史が失われているということではないだろうか。利便性にばかり目が向き、今まで大事に伝承されてきたものを失うということは、とても残念だと思う。だからこそ作品中の方々が「種だけは残しておかなければ…」という気持ちに強く共感できる作品であった。ところで、本作品だけでなく数々の作品に<山形県>が描かれていると思うのだが、<山形県>にはそのような情報発信をする人々や組織があるのかな…という点が気になって仕方がない…<映画の街・北九州>の市民として…。



ごぼうがおいしそうだった。私たちの生活が農の現場と遠くはなれてしまっていることを改めて思います。昔、食べていた野菜が今はほとんど食べられないものもありますね。


一年しか育たない野菜や花があるときいています。自分が育てた作物の種から次年の作物を育てるって、すてきなことですよね。



世界的に種の均一化が計られる中、命と向き合う様な取り組みに大変考えさせられました。農業の営みについて実に考えさせられました。風土と切っても切り離されない奥深さを、知恵として伝えていく取組みが大切であることを考えさせられました。


良かったと思います。坂の上れいさんの講演会で配布されていました。



小さい頃田舎で育って知っている作物のことを思い出しました。日本の国は種子法をなくしました。それに対して自分たちで種子を守ろうという動きが出ているということを報道で知っていました。若い人や子供たちが作物を作っている姿に未来を託したいと思いました。つけ物がおいしそう!食べたくなりました。


山形県に行ってみたくなりました。



唯、たべてみたい。土を相手に働くことの大変さ、と同時に喜び


すばらしい食材を使った料理ができるシェフと農家の方々、また、山形大学の江頭先生が立派。



食物の本物の味を子ども達に知らせて、食べさせてあげたいなーとつくづく思いました。山形のあの地で育つ子ども達のイキイキした顔、目、すばらしさ。あのレストランに行って食べてみたいなーと思いました。種子を守ることの大切さ!日本の地元の種を守ることの大切さ…種子法、守らねば…。


おなかへりました。おいしそうです。かぶ、とひとくくりに人間がしているものでも、焦がせばスパイシーに、加熱してスウィーツに、そういえば、大根でも、先、元で辛みがちがい、煮つければ甘くなる。野菜の力を、そして、バリエーションを考えさせられました。経済的な理由で選択できなくなっていることも。



目からうろこの在来植物のよみがえり、ぜひ、調理士をしている次男にも知らせたい。



年齢未記入




ありがとうございました。わからないうちに無くしていたものがあるのでしょうネ。


映画としての派手さや見やすさは思ったほどではありませんでしたが、食と農に興味と関心をもっている自分には非常に触発される映画、記録でした。熊本県阿蘇のふもとに産山村という畜産と林業と観光を中心にした過疎に近くなっている所があり、そこの友人や村の関係者にぜひ見せたい映画でした。種を保存する、受け継ぐということが、非常に重みのあるものに感じられました。



九州でも残っている消えそうな在来種はあるのだろうけど、知らないことばかり。


とても興味深いものでした。山形でもあとをつぐ人のかげがなくそこを不安に感じました。



大あわてで食パンかじってきた身にはうらやましくてたまらない食でしたネ。おいしそうに食べている方達をみながら、でも高いんだよな~と思ったり。だいたい日本の農業政策が、ダメなんだよ~と、思ったり。私は小さい時からにおいアレルギーで、野菜のにおいが特に苦手な子どもでした。大きくなって、年とって食べられるようになったと思っていたけど、考えたら食材そのものの「におい」がうすくなってるんだ。もっと日本の農業、日本本来の食材を大事にする政策を、そして安い食材しか手に入れられない人を少なくする政策をと思いながらみれた~、おなかすいた!!


見ていておなかが空きました。私たちが今、口にしているものは品種改良されているもので、日本の古くからあるものは忘れさられていっている事実に驚きました。



美味しそうなお野菜お料理ばかりで、山形の在来作物に興味がわきました。ぜひ、在来作物をのこしてほしいです。


身体にいいというのが感じられたし、味もいいだろうなと羨ましかったです。農業をやってゆくのは本当に大変ですね。若い人の後継者を残さないと日本の農業はつぶされるなあと思いました。東北の皆さんが、やさしくておだやかで素敵だなあとも思いました。



とても良かったですね。「種」をキーワードにコンセプトが明確でとてもよく伝わる作品でした。映像が美しく、音楽も神秘的で良かったです。「種」と人々、そして上・下世代とつないだところ、生きること、自然と共生することの深みが出ていたと思います。子供たちが楽しげなのが印象的でした。農家の方々が生き生きとしていたのも素てきでした。悪文(悪筆)すみません。


山形のレストランで、土地のものの料理を食べてみたい。北九州にも北九州のやさいなどあるのかしら。昔食べていたキュウリと今のキュウリがちがっているけど、私は昔のキュウリとトマトが好きです。



いい社会勉強になりました。


山形は食の宝庫ときいていましたが、それでも無くなっている種は多く、それを残していくために営々とした営みが必要ということがわかりました。それにしても、おいしそうでした。



人は生きていく上で“食”は不可欠です。その中で今の時代、食物は豊富ではんらんしている中、今日の映画はカルチャーショックです。本来の食の安心安全とは、を考えさせられました。そして在来野菜を食べたい!


誇り高き農民たちに強くリスペクトします。それにしても、東北弁って、なんて心をゆったりとしてくれる方言なんだろう。ナマで聞くとさっぱり判らんけど、なぜか涙が出てしまう。BGMの音が映像をジャマせず、風や空気や匂いを感じさせてここちよかった。



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